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北信州木島平2020早春賦★ 
旅と家族と日常を綴る宿主の徒然なる日記☆☆
2015年6月10日午後4時10分
その日は朝9時ごろから、梅雨の中休みの晴れ間を狙って、バイクで出かけることにした。
日曜日に予定していた田んぼをめぐるツアーの下見、そして信越トレイルのアクセス道路の状況確認をかねて、ほぼいちにちかけて、ようやく自宅に辿りつこうとするその瞬間に事件は起こった。

通称上木島ダムのブラインドコーナーを左へ曲がって左加速するぞと、アクセルをふかそうとした瞬間、1台の黒いワンボックスカーが、突然目の前に現れた。

とっさに衝突を回避しようとフルブレーキをかけた瞬間バイクは左へ大きく傾き私は地面に強く叩きつけられた。

瞬間、ヘルメットに守られた頭が強く地面に衝突してこすれるのはっきりと覚えていた。

瞬間にして天地逆さまになって引きずられる自分を認識をしてはいたが、なぜ転倒してしまったのか、そのほんの数秒間の経過についてはあまり思い出せない。

気づくと左肩に激しい痛みを覚え、ただうなっている自分。対向車を運転していた運転手の人がとっさに駆け寄り、ただひたすら「大丈夫ですか」「大丈夫ですか」と叫んでいる。

行きずりの車が何台か止まってこちらを見ているのを覚えている。

自分の怪我の程度はどの程度かわからずとりあえず警察を呼ぶことだけを考えていた。
しかしまずは自分の家族にこのことを伝えなくてはならない。しかし母ちゃんに電話をするも電話に出ない。

とっさに竹内家のハッチに電話をかけ至急現場に来てくれるよう頼む。

ポケットに入れていたスマホは無事だったのだ。

やがと警察がやってきて検分が行われる。
しかしこの時点で体を動かす事はほとんどできず、思った以上に重傷であることに気づき始め、事故から約50分経過した後に、自らの足で立ち上がって車に乗ることができないと判断し救急車を呼ぶことにした。
119にはかあちゃんが電話。

ほどなくして救急隊が到着。しかし自分の足でストレッチャーに乗ることも動くこともできない。

救急隊が慣れた手つきで担架に乗せて、私は生まれて初めて救急車の車内に収まることになった。

現場到着時間や車内搬入時間、出発時間、病院への到着予定時間細かなやりとりが無線で行われていた。

当の本人はというと、と次第に肩の痛み息苦しさが募り、えもいわれぬ苦しさに襲われていた。

カーテンがひかれた車内からは外の様子を伺い知ることができない。
しかし通い慣れた道ゆえ、ブレーキのタイミングやカーブのタイミングによってどこ走っているかは手に取るようにわかった。

しかしほんの少しの衝撃で肩と胸に激痛が走り、それはまちがいなく人生の中で味わったことがない苦痛だった。



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6月10日 入院1日目
息苦しい呼吸も幾分マシにはなった。

しかし左肩を見ると明らかに奇妙な出っ張り見られるし、幾分肩が内側に押し込まれているようにも見える。

事故当時は、脱臼、脱臼連呼していたが、そんなことは自分にわかるわけもない。骨折などという事態を信じたくない自分への暗示だったのかもしれない。

胸部のレントゲン、足のレントゲン、さらにCT scan。

そして出てきた結果は

左鎖骨骨折
肋骨4箇所骨折
足甲骨3箇所骨折

全部で8カ所の骨折であった。

悲壮感が漂う。

主治医は堀先生と言う割と若い先生だ。

しばらく入院だね

普通の生活ができるようになるのにどれくらいかかりますか?

8月以降だね

何とも切ない診断が下されてしまった。


6月11日 入院2日目
座薬のおかげで、幾分楽にはなっていた。
活かしながら起き上がるとき激痛が走るのには変わりは無い。
この日の朝からはお茶を飲むことが許される。
10時ごろ母ちゃんがやってきた。

下の売店で温かいコーヒーを買ってきてくれた。

今後の宿の営業計画について真剣な打ち合わせを行う。

母ちゃんの顔色を伺いながら、アスパラバイキング、フルコース、北海道フェアについては予定通り実施することを確認した。

甚大な負担をかけてしまうが、そこは何とかがんばってもらうしかない。
なんせうちは自営業である。

それを前後して保険会社との打ち合わせ。
今回の事故の1番厄介なのは対向車と接触していないことである。

衝突していない限り、場合によっては単なる自損事故として扱われることもある。

それゆえに相手方の自賠責保険が使えるか、もしくはこちらの新保険によって保険金が支払われるか、その決定にかなり時間がかかると言うのである。

面倒な話だがそれは仕方ない。
幸い保険に関しては不備がないので経済的な負担を被る事はほぼない。
しかし6週間もの入院を覚悟せねばならないかと思うと憂鬱でならない。

この日初めての病院食をいただく。普通食ゆえに味付けをしっかりしており、違和感なく美味しく頂戴。



午後はレントゲン撮影が行われた。はいを正面から撮影し再度肺の損傷がないかを確認するためなのだそうだ。

夕方には春花と柚花が母ちゃんに連れられてやってきた。
孤独を癒やしてくれるのは、やはり家族の笑顔である。

この日はテレビカードを使ってテレビを見る。
3時はらららと、ゆうがたGET。

夕食は6時30分。


消灯は9時。
背中が少し痛いので多少角度をつけて就寝。
飲み薬のせいか初日と比べるとかなり熟睡できた。

網戸の外からはひたすら新幹線の走行音。昼間は暑い飯山だが、日が暮れるとぐっと気温が下がる。
網戸から流れ込む暦が心地よい眠りを誘った。


6月12日 入院3日目
前日に比べて痛みは少なくかなり熟睡できた。

6時に目を覚ましおはよう日本を見る。
この日は少し遅めの7時45分の朝食であった。


担当看護師は篠原さんと言う女性。
一応担当ではあるが実際はいろんな人が次から次にやってくる。

血圧を測りに来る人、食事を持ってくる人、それ以外にも掃除の人、水回りの清掃の人、タオルを交換する人。
実に多くの人が出入りする。

歩行ができないのでトイレに行く時は車椅子。毎日新幹線の音を聴き続けているわけだが、先日来発見したことがある。

それは毎日1度だけ、11時8分ごろに上下の通過列車が飯山駅の東京方数百メートルの位置ですれ違うのである。

この日はFacebookのネタにしようと、その瞬間を動画に収めようと痛い足を引きずりながら窓側へ移動、片足立ちでカメラを構えてスタンバイしていた。

が、そこに理学療法士さんがやってきた。

リハビリです。失礼します。
新幹線撮影計画はお流れとなった。

主に下半身に重点を置いたマッサージ。
怪我をした左足の筋肉の硬さやむくみその他歪みなどをやさしくマッサージしながら確かめてくれる。

意識はしていないのだが、怪我によって多少の筋肉の硬直が見られるらしい。

怪我をしていない右足も同様に比較のためチェックが行われる。
足首を触って、かなりゆるいですねとの指摘。
確かに私は稀に右足を捻挫することがある。
20代半ばに槍ヶ岳登山の下山途中に捻挫したことが思い出される。
理学療法士さんの話によると、いちど捻挫をすると外側の靭帯が伸びてしまうらしい。

また、骨がくっついた後も、筋肉に損傷している場合腕がうまく上がらない可能性もあるとのこと。
要経過観察である。

リハビリ途中にかあちゃん登場。
デジカメの充電器とパソコンを持ってきてくれた。

今の時代、病床であってもパソコンを使うことでできる仕事もある。
昼ご飯は一緒に食べる。


お流れになってしまったイベントその他。それらの情報を更新するためにホームページソフトの書き換えを済ませた。



明日のアスパラバイキングに備えて、母ちゃんはこれから鍋倉のアスパラ農家に買い出しに行かなくてはならない。

13時過ぎに病院を後にした。

午後は別の理学療法士さんがやってきた。
午前中は足中心だったが、午後は上半身。

なかなか気さくな女性で、旧姓を私と同じ中村さんとの由。実家は飯山市木島だが今は中野市にお住まいとのこと。

飯山出身の中野市民が多いことを話すと全くその通りだと苦笑いしていた。

いつもの通り3時はらららとゆうがたGETを見て6時に夕食。


一昨日撮りためた写真のデータをスマホに転送しブログを一気に書き上げる。

入院中であっても、ホームページやブログからに賑わいを消し去ってはいけないのである。

夕食からは高血圧食が提供されるようになってしまった

9時半頃床につくも、アタマの猛烈な痒みで1時頃に目が覚める。
しばらく我慢していたが結局耐えられず、車いすに乗って洗面所へ移動、自由の利く右手だけで備え付けのハンドソープでゴシゴシ洗ってみた。
ずいぶん楽になり再び床に。

何とか寝られそうだ。

6月13日 入院4日目
かゆい頭と格闘し浅い眠りのまま朝を迎える。

母ちゃんが朝6時やってきた。
今日は春花の運動会、英時は卓球の試合だ。しかもアスパラバイキング。

申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

先日遊びに来てくれた元ヘルパーの愛花さんがお土産にくれたクッキーをいただく。そしてセブンイレブンのコーヒー。




7時半に朝食


10時に看護師さんがやってきて、身体を拭いてくれる。
訊けば、木島平の方で、子どもが保育園に2人いるとの由。
ウチにも3人子供がいると話すと、


あれ今日運動会じゃないですか?やっちゃいましたね( ^ω^ )

あ。。やっちゃいました( ^ω^ )


献身的な姿勢にただひたすら感激。
入院など、本来しなくて良いのだが、入院してみて初めてわかる関係者の素晴らしい仕事ぶり。

社会は多くの人の仕事で成り立っている。

どこかの缶コーヒーのコマーシャルみたいだが、当たり前のようにそれを実感するのである。


昼食


午後はリハビリの人がやってきた。
森さんと言う野沢温泉の女性で聞けば家は宿をやっていると言う。
同業者同士、がぜん話が盛り上がる。

昼過ぎ母ちゃんがやってくる。
この日お泊まりのゲストのクレジットカード払いに対応するため、自分のスマホと母ちゃんのを交換する。

とにかくがんばってくれ。そう願うのみであった。

夕食


トラブルが起こって電話がかかってくるかと気をもんでだ結局無事済んだようだ。
テーブルに並べられた料理の写真が送られてきて、ほっと胸をなでおろす。
ありがとうかあちゃん。( ^ω^ )


9時過ぎに就寝するものの、若干ペットを起こした状態で寝てしまったためすぐにずり落ち足が手すりに当たってすぐに目が覚めてしまう。

明日はしっかり完全に倒すことにしよう。
6月14日 入院5日目
5日目の朝を迎えた。
眠りが浅かったせいかいろんな夢を見たようだ。

一眼レフが壊れてしまって映らなくなった夢、それ以外にもいろんなものが夢の中に登場した。

前日には踵を使いながら両足で歩けるまでになった。
歩いて売店のコーヒーを買いに行くのが日課になった。

ニカラグアのカサブランカ農園
目覚めの至福の一杯だ。
そして朝食


この日はひたすらFacebookのハウツー本を片手に、自らのページのメンテナンスや数多く寄せられるメッセージの返信に時間を当てた。

3時半からは十津川警部シリーズシベリア鉄道殺人事件を見る。
1999年の制作で、ロシアの景色が高画質で画面いっぱいに広がる。

大体、十津川警部はいつも思い立ったように遠くへ行こうとするが、ロシアにはそんな簡単には渡れるはずがない。
ビザを取得してバウチャーの発行を受けてようやく準備が整う。

ガード下の居酒屋で十津川警部が

「亀さん、俺、明日ウラジオストクに行くわ」

のシーンには思わず笑ってしまった。( ^ω^ )

いつからロシアがそんな簡単には行ける国になったのか?( ^ω^ )


4時ごろ家族がやってくる。
はるかの運動会のビデオ見たりアイスクリームを食べたり、1時間ほど家族と過ごす。

そして6時に夕食。


この日の夕空は妙に黄色がかっていた。

6月15日 入院6日目
完全に横に倒したベットのおかげでまあまあ熟睡できた。

早朝5時に採血。内山さんと言う看護師さん。とても感じが良い。

7時45分朝食


この日はあまりテレビも見ずに、ひたすらFacebook。
コブスキーに関する新しいグループを開設しようと試みる。
新たに登録した古い建物関連グループに、自分の秘蔵の写真を投稿したら、恐るべき数のコメントといいねがクリックされてびっくりする。

9時頃に足のリハビリ。
昼前に家族がやってくる。

手術の説明のためだ。
11時ごろナースステーションで行き、家族全員で先生の話を聞く。



注文していたスタンプがシャチハタから届いた


一緒にご飯を食べた


昼からはリハビリとレントゲン。
昼からもひたすらFacebook。

夕食

この日の夕食はちょっと豪華だった。
6月16日 入院7日目
寝ているとどうしても背中が痛くなり朝早く目が覚めてしまう。



10時ごろ肺機能検査のため一階へ行く。
いろんなパターンで呼吸をさせられるが、まだ少し胸が痛い。

耳に針をさして止血具合をテストする検査も合わせて行われる。

11時ごろいつもの腕のリハビリ担当の作業療法士 田村さんがやってくる。感じの良い女性である。
飯山市出身だが、昨年結婚して今は中野に住んでるそうだ。
作業療法士や理学療法士は、温和な話し方の人が多い。傷ついたからだに苦労する患者の心のケアも念頭に作業をしているので、きっとそうなんだろう。
私などまだまだ恵まれている方だと言い聞かせる。

ちょうど11時8分にかがやき507 508号が通過して行く。

暇だから、新幹線を観察していたら毎日11時8分にこの窓の真ん前を新幹線同士ががすれ違うことを発見してしまったと、ついつい口走ってしまった。
自分が鉄であると言う事はあえて触れなかったが( ^ω^ )

田村さんは笑っていた。

左にギブスをつけてしまうと、足をつけて移動することができないので、右手と右足だけでまっすぐ車椅子で進む練習をした方がいいかもとのアドバイスを受け、病院ないよ車椅子でウロウロしてみる。

意外とうまくまっすぐ進めることがわかった。
右を押すだけでなく、強く握って停めれば逆に左が前に押し出され自動的に方向が変わる。

急な方向転換もかなりうまくなった。

昼ご飯


2時ごろに足のリハビリ担当の木原さんがやってくる。
動けるようになったからと一介のリハビリ室へと連れていかれる。

そこで約1時間眠ってしまうほどのマッサージを受ける。

家に戻ると母ちゃんがすでに到着した模様で、荷物がベッドの上に置かれていた。

やがて戻ってきてこれを渡される

少し早い誕生日プレゼント。

とてもうれしかった。

普段は手でそっているが、入院中は何かと不便である。
そんな時これは大助かり。しかもブラウン( ^ω^ )

ありがとう。

夕食

明日は手術なのでこれが最後の食事となる。

食後はサッカーワールドカップ予選シンガポール戦を見る。

20分以上のシュートを浴びせながらことごとく相手ゴールキーパーに阻まれ結局スコアレスドロー。

残念無念。



6月17日入院 8日目 手術の日
いよいよ手術の日がやってきた。
朝食は無し、9時半頃入浴。

看護師さんが解除してくれるのだが、1年目の若い看護師さんの前で素っ裸になるのはいささか気が引ける。

もし自分が30代ならもっと恥ずかしい思いをしたかもしれないが、もはやそういう歳でもない。

10時ごろ点滴が始まる。
当然昼ご飯もなし。

12時頃家ちゃんがやってくる。
手術室入室は2時15分と告げられる。

いよいよその時がやってきた。
車いすのまま二階の手術室へ移動。

頼りになりそうなベテランの看護師さん達が私を迎えいれてくれる。よろしくお願いしますと。

扉を何枚も通り抜け、たどりついた先には、テレビドラマでしか見たことのない手術室の景色。

不自由な左足をかばいながら手術台の上に乗る。
仰向けになると心電図その他の措置が両手両足に取り付けられる。
いったいどのタイミングで麻酔がかけられるのか全く見当がつかない。

マスクのようなものが中途半端に口に当てられ、それではちょっと深呼吸をしてみてくださいと声がかかる。

一瞬苦味のような風味を感じ、顔全体にピリッと痺れが走る。

わずか1、2秒の間に私は気を失った。

目が覚めると主治医の先生が、終わりましたよー中村さん!との声が聞こえた。

手術室から病室へと移動する様子はなんとなくわかった。
まだ頭がぼーっとしていながらも窓の外に目をやると明るい空が目に入った。

母ちゃんに尋ねると時間は6時50分だという。
意識ははっきりしているもののろれつが回らない。

母ちゃんは7時50分ごろ帰っていった。

麻酔が切れてからの痛みが大変だと聞いてはいたが、確かにその通りで、夜中じゅうほとんど眠れず、痛みに耐えていた。

9時ごろ1度目の座薬を入れてもらうが、あまり楽にならず、12時ごろ筋肉注射をしてもらう。
しかしそれでもやがて痛みがぶり返し、3時ごろまた2度目の座薬を入れてもらう。

辛い一夜だった。

6月18日 入院9日目
苦悩の1夜が明けた。

酸素マスク、脈拍、心電、血圧などを測る装置が全身に装着され、下半身には申し訳程度のよれよれのT字帯、一物には管が装着されている。

巡回の看護師が「たくさん出てるねー」と感心する。

一刻も早くこの不自由な状態を脱したいと思うばかりだが、しばらくはこの状態が続くと言う。

酸素マスクなども必要ないし、片足を使えばトイレにだって行けるはず。

なんとももどかしい時間が過ぎていく。
8時に先生の巡回があり、装置も全部外してもいいと言う。

やった。(^^)

そして最終的に、尿道に挿入された管が引き抜かれた瞬間、私は自由の身になった。

9時半ごろ母ちゃんがやってくる。
なんだかんだ言って母ちゃんがやってきておしゃべりできるのが楽しい。

そして昼。42時間ぶりのご飯だ。


午後は腕のリハビリ。前夜苦しんだ痛みはほとんど消えていた。

プロフィール

なかむら@みゆきの

Author:なかむら@みゆきの
高社山麓みゆきの杜ユースホステル
を営んでいます。
当サイトでは、地元民ならではのお勧めツーリングルート、温泉、B級グルメなどを宿主自らが実走調査を敢行!信州ドライブ&ツーリングにお役立てください。




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