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スローな時間が流れる残雪の磐越西線 |
1キロを6分で走り、チャーシュー麵でおなか一杯になった後は、ゆっくり歩いて駅へ戻ります。

蔵の街の雰囲気を漂わせる残雪の市街地。

喜多方駅

お土産に母絵夢、ラーメンを買い求め、ホームに入りました。
新津行きはキハ48の2両編成。汽車旅はやっぱり国鉄型車両に限ります。

喜多方をあとにして、阿賀野川沿いの山間部へ。

正面には飯豊山

斜陽の光線が残雪を照らすさまが何とも言えず旅情、そして眠気を誘います。



津川で7分停車。
 上下交換が行われるわけではなく、単なる時間調整。
17時過ぎに新津着。

磐越西線に名残惜しさをにじませつつ、 信越本線に乗り換え、南下します。
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磐越西線で会津へ |
新潟からいなほに乗って鶴岡に行こうかとも一瞬考えました。もちろん珈琲屋目当てで。 しかし青春18きっぷを所持している身とすれば、追加で3800円の費用が掛かることを鑑みればやはり自重せざるを得ません。 ならばと、久しぶりに会津喜多方を目指すことにしました。 新津まで戻り、そこから磐越西線の気動車に乗換え。
幸い旧型のキハ40にめぐり合わせました。

列車番号223D。1990年代半ばまで、50系客車で運転されていたスジの列車番号を冠する、いわば磐越西線における老舗の番号でもあります。
キハ110や120と違って、国鉄の雰囲気が感じられる窓の開く旧型車。 JR北海道では耐用年数が過ぎてこれから一気に廃車が進むとされる形式であり、JR東日本管内からも数年のうちに全廃されることになっています。

雪景色の阿賀野川沿いを実にユルい空気を伴い、コトコト走る姿は古きよき汽車旅の雰囲気を十二分に醸してくれます。

雪に埋もれる無人駅もまた風情があります。

新津から2時間20分を掛けてようやく会津盆地へ。
 飯山盆地を巨大化させたような雰囲気で、喜多方市の東部傾斜地は、まるで高社山地区の雰囲気に瓜二つです。
喜多方駅には13:48に到着、遅めのランチを求めて、1km先のラーメン店「来夢」までランニング。

20数年前、会津地方に足しげく通っていたころ初めて食べて感動したチャーシュー麵。

あの頃、本気で喜多方東部の雄国川前地区に宿をやりたいと思っていました。 飯豊山の雪景色がいまなお鮮烈に脳裏に焼き付いて居ます。
あの時の印象を記した当時のHPに書き綴ったエッセイ風記事を抜粋しておきます。
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より日本的な場所へ*2003年11月23日執筆
北海道での開業を早々と諦めた私が次に目を向けたのは会津地方だった。 もともと会津が好きで、何度となく通っていた。 そんな中、1994年の2月、おりしもリレハンメルオリンピックの開催期間中のことだった。会社の同僚と会津の猪苗代へスキーに出かけることになった。
1泊2日のスキー旅行だが当時はまだまだスキーブームの真っ最中。土曜日のゲレンデサイドの宿はどこも満員で仕方がなく喜多方郊外の民宿を利用することになった。場所は喜多方市川前。
スキーを終えた私達は、その民宿が実際どこにあるのかもよくわからないままクルマを走らせた。一冊の道路地図だけを 頼りにして。幸い「川前」の地名が地図上に見つかった。喜多方市の東側、ちょうど会津盆地を見下ろす場所のようである。 程なくして現場に到着した。付近の地名看板には「雄国川前」とある。しかし宿はどこにもみつからない。 5分、10分と付近をウロウロするものの、道を尋ねる相手さえ見つからない。 ようやくひとりの村人を発見し、民宿ガイドブックを差し出し、尋ねてみた。
「すみません。この民宿を探しているんですが。。。。」
「あれ?ここは雄国川前ですよ。この民宿は慶徳川前。同じ川前でも場所が全然違うよ。慶徳川前は、ほら、あっち」
村人は真っ赤に染まった雪の飯豊連峰の麓を指差した。 あまりに劇的な夕焼けに身震いがした。一点のシミさえない真っ白な、いや真っ赤に染まった雪の飯豊連峰。
道に迷って良かった。心からそう思った。
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懐かしいですね(^^)
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