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ライアンエアーの乗りかた |
ワタシの次なる行き先は、ルクセンブルク。 同国「ディーキルヒ市」の中高等学校と姉妹校提携を結んでから、今年で20年を迎える。
スペインカミーノに続くロングウォーキング企画はルクセンブルクと定め、その下見歩きを敢行することにした。
スペインマドリードとルクセンブルク間には1日2便が就航する。
一つはルクセンブルクのナショナルキャリアであるルクスエアー。 そしてもう一つはLCCのライアンエアである。
時間帯にの良さからライアンエアーを選択せざるを得なかったが、事前のウェブサイト情報によると。
悪名高きライアンエアー ウェブチェックイン必須 搭乗券の事前印刷必須
などの面倒臭そうな記事がやたらと目立った。
とはいえ、正しい順序を踏襲すれば、なんの問題も無いはずであり、預け荷物あり、有料座席指定をした乗客に与えられる「ブライオリティ」チケットを手にした私は、日本出発一週間前にチェックインを済ませ、自宅のプリンターで、「搭乗券」の印刷を済ませておいた。
手荷物カウンターに行き、ヨレヨレの搭乗券を手渡す。 預けるリュックサックをコンベアに乗せると、係員はスペイン語でまくし立てる。
イニングリッシュプリーズ
というと、
ストラップ類は全てシッカリ結べという。
かなり乱雑に扱われのではないかとの不安がよぎる。
カミーノのホタテ貝、ヒョウタンが割れてしまうかもしれない。
中に忍ばせていたお菓子の類もまた心配である。
でももう遅い。 運を天に任せるしかなかった。
セルフ印刷の搭乗券に預け荷物のステッカーが貼られ、無事チェックインは完了。手荷物検査場へと向かう。
搭乗ゲートは2時間前の時点では決まらない。 なので、おおよその場所で待機し、一時間前に電光掲示板で表示された、C38に向かい、その時を待つことにした。
出発一時間前でもすでにこの行列。 さぞかし定時運航に定評かと思いきや、ドアが開いてから、最後尾が中に収まるまでに30分以上を要し、結局30分以上遅れて出発した。
さらばスペイン。。。。。
機内サービスは全て有料だが、バリエーションは多岐に渡る。
分厚い冊子が配られ、その中から選ぶことになる。 せっかくなので、ハイネケンを選ぶ。 何故なら、「ハイネケン」の一言で全てが完了するからである。 窓際席を選んだ故に、見知らぬ人二人を挟み、騒音に負けじとイチイチ「砂糖はいるか?ミルクはどうする?」だの、大声を張り上げるのを嫌う意識が働いたと思われる。
意外な局面で自分の小心者さ加減が見え隠れした。
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西欧の小国ルクセンブルクを歩く旅1 〜入国 |
1640にルクセンブルク空港に到着。
着陸直前に機体が激しく揺れて、かつて成田で発生したフェデックスB767事故のことが脳裏をよぎる。
ボーディングブリッジではなくタラップでの降機だった。
空間は意外に広く、ヤハリ国際空港なのだと思い知る。
幸い、ヒョウタンもホタテ貝も無事だった。
さあ、いよいよココから未知の旅の始まりである。 今回の泊まり先は、4年前ヒデトキが交流事業でホームステイしたシュライナーさん宅である。
当初、ホテルを予約していたが、せっかくだからウチに泊まって下さいとのお誘いを受け、有り難くそうすることにした。
「母さんが空港まで迎えに行きます。何時ころ着きますか?」
とのメールを貰ったが、
「初めてのルクセンブルクなので、あらゆるものを自分の目で確かめたいので、自力で君の家まで行くよ。住所を教えてくれよ。」
と頼み、示された所在地のストリートビュー写真をスクリーンショットにして貼付け返信すると
「That's our house exactly !」
とすぐに返ってきた。
ルクセンブルクの夜は寒い。
ブルゴスかオルニージョスのメセタの高地並の冷え込みだった。
ココからはグーグルマップの出番である。 海外においてもカーナビとしてだけでなく、公共交通機関案内も表示される。
列車番号に誤りがあることが多く、100%信用することはできないが、バスの系統番号は概ね正しく案内する。
グーグルマップの言うとおりに29番バス乗り場に向かった。
バスの切符は事前に買う決まりだが、行き先による運賃設定ではなく、
2時間券 2ユーロ 1日券 4ユーロ
のふたつがあるのみである。
バスは果たしてグーグルマップの言うとおりにやって来た。2連接車は巨大で長かった。
約30分で中央駅に着くと表示されていたが、グーグルで調べ物をしている内に通り過ぎてしまう。 だが、行き違いのバスに直ぐ乗ることが出来て万事休す。 もちろん時間内なので追加料金はいらない。
そもそも整理券や運賃箱、切符をバーコードで読み取る機械もないので、運賃回収にはあまり熱心ではない。 あとで分かった事なのだが、これは鉄道も同様であり、世界一の富裕国家のなせる公共インフラの手厚いシステムゆえの結果なのだという。
ルクセンブルク中央駅
切符売り場や改札など存在しない。各自が勝手に列車に乗り込む。ただ、自動券売機が比較的目立つところに2台置かれている。
右往左往している内に券売機を通り過ぎ、プラットフォームにたどり着く。
グーグルマップが乗れと示す
8番線B の位置に停車中のベルギー・グーヴィ行の急行列車に乗り込んだ。
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西欧の小国ルクセンブルクを歩く旅2 〜エテルブルックへ |
濃い赤い色がどことなく283系寝台サンライズを思わせる列車は、思いのほか乗り心地が良い。
静粛性、制振性ともに、京阪8000系、JR285系電車寝台に勝るとも劣らぬ性能である。
サロE231系や近鉄ビスタカーなどは足元にも及ばないといってもイイ。
保線技術もまた秀でているのは間違いないなく、ヤハリヨーロッパの鉄道は、軽量アルミ+ボルスタレス台車一辺倒の日本の合理化車両とは一味違うのだと察せられる。
約30分の乗車で列車はエテルブルックに到着する。
グーグルマップによると、シュライナーさん宅はココから1.3キロ。
スマホの言うとおりに歩くこと15分、果たして私は4年前、木島平の交流事業で受け入れたマクス君と再会するに至った。
両親は離婚され、おかあさんと15歳の弟君との三人暮らしという。 あと、平日は家政婦を雇っているとのこと。
案内された部屋はマクス君の部屋。
「君は何処で寝るのか?」
と尋ねると、
「母さんの部屋で寝る」
という。
英時もこの部屋を借りたのだろうか。
ルクセンブルクにおいて、英語は第3外国語故に日本人には馴染みやすい。 マクス君は3年前とは比べ物にならないくらいに会話が上達していた。
夕食は近くの焼き肉レストランでご馳走になった。
熱々の陶板で焼く、ルクセンブルクスタイルの焼肉である。
デザートはチョコレートケーキ。
ナイフを入れるとトロトロのチョコレートが溢れ出した。
何も2つも盛らなくても良いのになと思ったが、これもルクセンブルク流のメガ盛り食文化なのだろう。
食後は、エテルブルックの街を散策、案内してもらう。 クリスマスイルミネーションがきらびやかなのは、スペインもここルクセンブルクも全く変わらなかった。
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