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プロフィール

なかむら@みゆきの

Author:なかむら@みゆきの
高社山麓みゆきの杜ユースホステル
を営んでいます。
当サイトでは、地元民ならではのお勧めツーリングルート、温泉、B級グルメなどを宿主自らが実走調査を敢行!信州ドライブ&ツーリングにお役立てください。


【旅の記録】
北海道ツーリング2008
北海道ツーリング2009
北海道ツーリング2010
北海道ツーリング2011
北海道ツーリング2012
沖縄八重山紀行2008
沖縄八重山紀行2009
沖縄バイクツーリング2010
沖縄家族旅行2011
栂海新道縦走記2012
沖縄買出し旅2012
沖縄買出し旅2013夏
大阪帰省の鉄道旅2013
沖縄買出し旅2013冬
アメリカ横断2014春
北海道ツーリング2014
沖縄買出し旅2014
アメリカ横断2015
北海道乗り潰し2015冬
家族で沖縄2015冬
タスマニア周遊2016
Overland Track2016
北海道2016夏ドライブ
スペイン巡礼2016冬
タスマニア2017春
北海道2017夏
スペイン巡礼2017冬
瀬戸内旅2018春
日本南北縦断2018冬
瀬戸内旅2019春

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旅の始まりは飯山駅
1988年2月、北海道に足を踏み入れた。
国鉄分割民営化直前の北海道へ青函連絡船が、早春の津軽海峡でサビだらけの老体にムチ打ちながら走る姿を今なおはっきりと覚えている。

あれから32年、私は2年の間隔をあけることなく、毎年北海道に足を運んだ。
ユースホステル開業を志したのも当初は北海道だった。

そして新型コロナ禍の今年も、ようやくその時がやってきた。 
私はことしもまた、北海道へ旅にでることにした。

周囲の山は部分的に雪化粧している。
里での積雪こそまだだが、自家用車はすでに冬タイヤへの換装をすませていた。ようやく東の空が明るみ出した午前6時5分、飯山駅行きの木島平シャトルに乗り込んだ。

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上越妙高始発の長野行きはくたかに乗る。
北陸新幹線におけるJR東日本の管轄は上越妙高までだが、上越妙高に停車しない列車もある。なので便宜的に乗務員の交代は全列車共に長野駅で行われる。

つまり、東日本自社管理館内であるにもかかわらず、同社の社員が長野~上越妙高間を乗務する機会はほとんどない。
そこで毎朝、JR東日本の運転士習熟目的も兼ねて、長野駅と上越妙高駅間を往復するスジを引き、往路は回送列車、復路は上越妙高発長野行きのわずか2駅間の「はくたか」として営業運転が行われているものなのである。


長野からはかがやきに乗り換える。
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飯山に停車しないかがやきにはほとんど乗る機会がないが、列車名が違うだけで、スピードも乗り心地もなにひとつ変わらないので、特別なことはない。
唯一の違いは、全車指定席ということだけだった。

佐久平を過ぎるとやがて県境の山岳地帯へ入り、うたたねをしている間に気づけば、晩秋の関東平野を走っていた。
この何十年も変わることのないであろう、防風林に囲まれた瓦屋根の日本家屋、それを取り込むように続く水田や水路、ケヤキやカエデの類だろうか。色鮮やかな紅葉も目に入る。遠くに目をやれば赤城山が青空に映えていた。

新型コロナの関係か、隣席には誰も乗ってこないまま、列車は東京駅に滑り込んだ。
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羽田から函館へ
ヒコーキの出発時間は10:00となっている。
当初、飯山発7時前の新幹線では、時間に余裕がなく、心もとないのではとも考えたが、閑散期であるし、預入荷物もなければそのまま手荷物検査場へ進むことができる。

ひとつの検証実験として、あえてこのスケジュールで実行することにしたのである。

結果それは正しかった。
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8:32東京8:34 ~山手線~ 8:41浜松町8:44 ~東京モノレール普通~ 9:09羽田空港第二ターミナル

~ 徒歩移動、手荷物検査場直行 ~ 9:20 67番ゲート着

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少なくとも9:45発熊本行きには余裕で間に合うことが明らかになった。
もちろん、10時発函館行きは余裕だったことは言うまでもない。 
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函館行きは当初B767だったが、コロナ禍で小型化され、エアバスA321に変更されていた。
たまにしかヒコーキの旅に出ることのない私としては、数少ない機会にはそこそこの大型機に乗りたいものだが。
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そこそこ席は埋まっており、感覚的には80%位の搭乗率だったのではないかと思われた。
座席は25A。足元空間が広い特別席。
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機は定刻から17分遅れ離陸、福島、山形、秋田上空を通過。
岩木山は雪をかぶっていた。
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機は11:17に到着
函館帝産バスが運行する市内行きに乗り込んだ。
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函館彷徨
小いけのカレー


函館は思いのほか温かい。
木島平とさほど変わらないのではないかとも思った。もちろん路面には積雪はない。

空港連絡バスをベイエリアで下車して目指したのは カレーの店「小いけ」
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今やカレーは多種多様化し、大阪あたりでは「スパイスカレー」なるジャンルが生まれ、見た目も味も凝ったものが多い。
家庭用カレーはレトルトにシフトしつつあって、「ルウ」タイプの製品もまたいわゆる「欧風化」したものが市場を席巻している。

そんな中にあって、ここ「小いけ」の味わいはどのカレーとも全く違う味わいといってイイ。
沖縄風の黄色いカレーとも全く違う。

昭和22年の創業以来、味が変わらない昔風のカレーは、今風のワインや砂糖、はちみつを加えた人為的甘さはない。
カレー粉の味がもろに鼻腔を直撃する。
念入りに焙煎されたスパイスの香りとたまねぎの自然な甘みが、必要以上に辛い味わいと合わさって、やみつきな味わいを奏でる。

人によっては粉っぽいと感じる人も多いかもしれない。
それは市販のカレー製品が多くの牛脂や油脂を混ぜこんで、意図的なまろやかさを追求しているからに他ならない。

唯一無二の味わいのカレーは、時々無性に食べたくなるやはり病みつき系だった。
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函館歴史街区


函館の街並みはベイエリアと呼ばれる一帯に集中する。
坂から見下ろす湾の風景や、赤レンガ倉庫、教会や旧領事館、古い公会堂が並ぶ。
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つい最近まで、此処は外国人観光客でごった返していたが、今はひっそりとしている。
11月の連休後の閑散期とあって、本来の静寂な港・函館の姿があった。
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赤レンガ倉庫前もひっそりと
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大型の土産店「西桟橋」は、修学旅行生が時折姿を見せる位であった。
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函館から小樽へ
函館駅まで歩いて移動。 ガラス張りの近代的な駅舎に到着したのは14:40頃だった。

此処からは列車で移動である。少し複雑な経路の切符を所望すると、愛想のいい若いお兄さんが、流れるような手つきでマルスをタッチし、希望した通りの片道切符が印刷されて出てきた。
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14:53発の特急北斗に乗る。
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7両編成のキハ283はシート形状こそ良好だが、エアダクトからのノイズ音や床下からのエンジン音もまた183系に比べるとかなり気になる。
JR東のR653同様、遮音材をケチっているのが残念ながらよくわかる。

大沼からの駒ケ岳
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噴火湾の風景は今も昔もまったく変わることがない。
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かつてはここを、振り子装置を搭載した特急スーパー北斗が時速130kmの超高速でぶっ飛ばしていた。
函館札幌の最短所要時間は2時間59分で、停車時間を含めた平均速度(表定速度)は時速106km台で、全国のあらゆる特急の中で最速を誇った。

いまの「北斗」にあの面影はどこにもなく、のんびりと、普通の特急として4時間近くをかけて走っている。

長万部で下車。
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1時間以上の待ち時間があり、駅前を散歩してみる。
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時間帯はまだ4時にもなっていないが、店を閉めているテナントが目に付く。
クルマの通りも少なく、北海道的なコンクリートの四角四面の建物に靴音が不自然に反響する。

ウラさびれたという表現以外に言葉が見当たらない。
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長万部からはいわゆる「山線」をたどる。
かつてはこの線がメインの函館本線であり、数多くの優等列車が函館~札幌を結んでいた。
が、今では一ローカル線に成り下がり、単行の気動車が3時間に1本の割合でこっそり運転されている。
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車両だけは最新型で、JR東の新潟エリアに大量に投入されたものと同じタイプである。
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アルミインゴットを切り出したような形状に似た、角を面取りした造形が妙である。

長万部を発車後はしばらく高校生の乗客があったものの、黒松内でついに私以外の乗客はゼロとなった。
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車内の宙づり広告には広島のプロモーション。
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あの重伝建、御手洗の遠景である。
好き好んで僻遠の北の大地にやってきてはいるのだが、それゆえに不思議と長閑そのもの御手洗の光景や音戸の瀬戸、大崎上島の光景が目に浮かぶ。

列車は淡々と北へと進み、定刻の1953に終着駅小樽に到着した。
日本海性気候の石狩地方ではあるが、函館同様まだ雪景色には少し早かったようである。
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小樽彷徨と食べ歩き
小樽での宿は運河通りから一本入ったトリフィート小樽運河。

一見デザイナーズホテルのようにも見えるが、大浴場を備え、朝食がつく、ルートイン同様のクラスで、GOTO割引で4260円、1000円の地域共通クーポン付きである。

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旅装を解き、まずは入浴、その後街に出かけてみた。
さすがに旅行者は少なく、運河沿いも人はまばらである。
アジア系の観光客が大声をあげて闊歩する光景もいまはない。少し前の、静寂の小樽の原風景が広がっていた。
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しかしクリスマスを意識した青いイルミネーションのセンスがどうかとも思う。
小樽運河はいつにあっても、白熱灯色のあかりが似合うと思うのはきっと私だけではないだろう。
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入浴を先に済ませたのは、ピークの時間帯を少しでも避けるためだった。
当初の予定通り、夕食に小樽No.1倉庫に入る。
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さすがにオフピークであり、広いホールには私以外に客は1組。
手持無沙汰な店員さんに、ヴァイッツエン、ジャーマンポテト、ローストポークを注文する。
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いずれも、ウチで提供しているメニューである。
食べ比べることで、今後の参考にするためである。
残念ながら宿屋や飲食店を営む人は、もはや純粋な食べ歩きはできなくなっている。常に斜に構え、チェックする姿勢はもはや職業病であることは重々承知していて、どうしようもないのである。

残念ながら(?)いずれもウチのほうが旨かった。

好みもあろうが、ヴァイツェンもまた、ツルヤの「ダルグナー」に軍配があがるかも??



小樽から旭川へ
ホテルの朝食は時間予約制が導入されていて、一番の6:30を指定した。
また、通常はバイキングらしいのだが、コロナに対応して皿盛りで提供される。

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バイキングをやめればロスはなくなる。
提供側からすればここぞとばかりに、バイキングをやめるところが相次いでいる。

コロナを口実に、あらゆる産業で合理化が推し進められているのは疑いようがない。

ホテルを7:45に出発、まずは水天宮を目指す。小樽の街並みを見下ろす場所で、この街を訪れた時には必ず立ち寄る場所でもある。
かつて観光客であふれていた頃でさえ、目抜き通りとは違う喧騒とは無縁の静寂がいつもあたりを包んでいる。
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今朝到着した新日本海フェリーが遠くに見える。
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水天宮から南小樽駅を目指す。

観光通りや、ベイエリアを望むマンションが林立する地域からも離れたこの辺りは、古き良き北海道の街風景が広がっている。
どんよりとした低く垂れこめた黒い雲が寂しげな空気にさらに拍車をかける。 北の大地に旅に出てきたのだなと思う。
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駅の手間でこ線橋を渡る。昨年旅したスペイン巡礼路の最終地点、サンティアゴデコンポステラの市街地にも似た風景に懐かしみを覚える。
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南小樽駅の入り口もまた、現代のJR鉄道駅とは信じられないほどの寂れ具合に衝撃を受ける。
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と思った、入り口は裏口にあたる「西口」で、正面玄関にあたる東口は、今風なコンビニ看板が目立つ近代的な駅構えであった。
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駅のポスターのイラストは尾道をはじめとする瀬戸内の景色である。
汽車旅の風景をインスタに投稿すると抽選で特典がGETできるらしい。がぜん腕が鳴った。
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9:34発の江別行き普通列車に乗り込む。
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通勤時間帯とあって、途中から混雑の度合いが増してくる。

このままいくと、10:30発の特急カムイに乗れそうである。

が、そこに車内放送が入る。


ただいま白石駅構内で人身事故が発生しました。従いましてこの列車は札幌駅で「抑止」となります。
札幌を発着する多くの列車に運休、遅れが出ています。詳しくは駅の案内放送にてお知らせしております。


「抑止」などと専門用語を使われても困る。
ハッキリと当列車は札幌駅でいったん運転を打ち切りますと言えばいいのに、と思う。

札幌駅は行き場を失った人たちで、少し混雑していた。
「少し」で済んでいるのはここが東京や大阪ではなく、札幌だったからである。
立錐の余地もないほどに人があふれるというわけでもない。
駅中のカフェにも座席には余裕があった。

逆に言うならば、通勤で鉄道を利用する人が少ないということなのか?
複雑な気持ちになる。

事故が起きたのが9時7分、ツイッターによると旭川行きの特急カムイ7号が当該列車だった模様である。

白石駅で人身事故が起こった、と知らされても地の利がない人にはあまりピンとこない。
札幌駅から各方面に向かう列車は、小樽と北海道医療大学に向かう列車すべてまず函館本線を西に進む。そして平和駅の先で千歳線と函館本線に分岐する。

白石駅は札幌と平和駅の先の分岐の途中に位置している、そこで人身事故が起これば、函館行き特急、帯広、釧路行き特急、旭川行き特急のすべてが「抑止」されてしまうのである。

各ホームには案内係の社員が控えてはいるが、いつ、何処行きの列車が発車するかは全くわからないという。
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唯一、函館行き北斗がドアを開けて発車を待っている。
寒さを避けるために、できるだけ構内放送がよく聞こえるデッキ近くの席に腰を掛けて本を読みながら、アナウンスを待った。
10時過ぎてようやく旭川や函館方面からの列車が順々に到着する。
「北斗」の停車する向かいのホームに入線した「ライラック」で、清掃員がシートの転換作業をはじめたのがみえた。

おそらくこの編成が次のライラックになるに違いない。

11時過ぎ、果たしてくだんのライラックが、旭川行きの運転再開後初の特急列車となることが電光掲示で表示された。

急いでホームを移動し、自由席車両に乗り込むが、車内は閑散としている。
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11時20分頃、旭川行きが発車した。
ただ、10時半ころに発車した先行の普通列車をなぜか追い越すことができないらしく、その列車の行き先である岩見沢までは徐行が続いた。

それにしても788系という車両の静粛性、乗り心地はJRの特急電車の中でも抜きんでているように感じる。
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調べてみると、もともと青函トンネル用に設計されたスーパー白鳥用で、トンネル内を時速140kmで高速走行することを前提に、外板を増設し防音性能を高めているからだという。
それによる車両重量増、バネ定数の変更や、ダンパーを含めた足回りの強化などによって、より重量感のある乗り味となっているのである。

さらに調べてみると、ライラックの6両編成(3M3T)と、いなほの7両編成(4M3T)の合計編成重量が、いずれも240トン弱と、一両当たりの重量の差は一目瞭然である。


羽越線を走る653系とは月とスッポンと云っても言い過ぎではなく、この車両でならどこまでも遠くへ行けそうな気がしてくる。
485系183系なき今、令和に残る、唯一無二の特急らしい特急電車は北海道に生きていたのだった。


軽自動車の極み
旭川は小雪の中に霞んでいた。
駅前のホテルルートインに隣接するホンダレンタリース旭川でレンタカーを予約していた。
返却は3日後の朝だ。

閑散期とあって、客人はほかにだれもおらず、店に入ると無人のカウンターの奥から若い女性が出てきた。

用意されていた車はNBOXカスタム。平成30年式だった。オドメータの数値は27000キロ、新車同様と言ってもイイ。
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一通りの説明を受け、恐る恐る街に繰り出す。一時停止の多い通りのブロックを一つずつ越えて行き、目指したのはラーメン蜂屋。
しかし、新型コロナ感染拡大の影響を受けてか、臨時休業だった。

諦めて近くのセイコーマートでサンドイッチと缶コーヒーを買い求め車内で手早く済ませた。
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しかしこのNBOXという車、日本で一番売れている車というのは知ってはいたが、いざ自分で運転してみるとその実力をまざまざと見せつけられた。

まず、質感がもはや軽自動車ではないということである。
我が家のアルトラパンは600kgそこそこの重量だが、こちらは1トン近い。
車体の表面積かなり違うのは差し引いても、重量増は体積の問題だけではないようである。

まずドアが分厚い。
軽く押すだけで、まるで高級普通車のように「ドスン!」と音を立てて閉まる。
軽い力でも半ドアにはなりにくく、確実に閉まるのである。これは従来の軽自動車にはなかった質感の一つでもある。

カラー液晶を多用したインパネ、各所に設置された補助ミラー、バックカメラなどと並び、カーナビの機能にも目を見張った。

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「カーナビはスマホで十分」と思うのだが、純正ナビはナビというよりも運転支援装置だということである。

一時停止情報や制限速度表示、さらには道路の曲線情報など、めくるめく現れる道路情報をリアルタイムに前もってドライバーに伝えてくるのである。
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試しにHONDAのウェブサイトをのぞいてみたら、車両本体価格は170万円台。
ナビはオプションとしても、車両本体価格の総額は200万円程度と思われる。

が、もはやこれは軽自動車ではない。

これまでは、軽は所詮軽自動車。廉価モデルも高額モデルも似たり寄ったりと考えていたのだが、その考えは見直さなくてはならない。

我が家のアルトラパンがトヨタのヴィッツとするならば、NBOXカスタムはアルファードと言ってもイイ。

実際この車のライバルとなるのは、居住性などと比較すると、おそらくトヨタでいえばシエンタあたりになるのではないかと思われる。 車両本体価格が同じ200万円ならば、質感にはもはや差はないので、多くの購入者がNBOXを選択する、そんな現象がクルマ業界でいま起こっているのだろうと察せられる。

あえて違いをあげるとすれば、4気筒の普通車に対し、軽は3気筒である。
発進時のエンジンフィールは普通車に軍配があがる。

逆に言えば、それにさえ目をつぶればもはやハイト系軽ワゴンは無敵のマイカーとなるのである。



カントリーコテージ和樹あいあい
すでに2時を過ぎ、小雪の降る中すでに夕方の様相を呈してきた。
この日はもうどこにも立ち寄ることなく、宿に向かうことにした。

今回は中富良野にあるコテージを予約しておいた。
ユースホステル同様、レンタルコテージを営む者にとって、やはりよそのコテージの体験宿泊は必須である。

昨年は美瑛のスプウン谷のザワザワ村を利用した。
独特の世界観を醸す各所の意匠や案内文は大いに参考になり、一定の成果があった。

今回は新型コロナ禍、かつ需要低迷期とあって、2泊2朝食つきで15400円、GOTO割引で10000円未満という全くもって驚きの価格での宿泊が実現することになった。

いったいどんな所だろうかとたどり着いてみると、そこは予想をはるかに上回る、もはや家。

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我が宿の食堂談話室ほどもある広いリビングにバリアフリーのトイレバス、完璧な断熱が施され、強力FFストーブによって、すでに室内は十分に温められていた。
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洗濯機も備わり、物干しもOK
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玄関入り口すぐの場所にはスキーラックとブーツ置きも備わる。
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昨年のザワザワ村はとにかくセンスが良すぎて感動したのだが、こちらは設備レベルの高さに感動した。


北海道の家の断熱性能は本州のそれとはまったく比べ物にならないのである。
木島平もそこそこ冬は冷えるので、一定の断熱は求められるが、残念ながら、わがDISCOVERY CABINのそれは、此処に比べるとあまりに貧弱と言わざるを得ない。

夏の快適性は今春のリニューアルによって完全に担保されるようになったが、冬についてはやはりもう少し改良する必要がある。

食べ歩きと並び、体験宿泊は思わぬ発見と指針を与えてくれるものだということを改めて痛感することになった。





麓郷の蕎麦屋
ここには2泊することになっているので、翌日は自由にドライブができる。

が、天気はあいにくの小雪。

まずは10時過ぎに出発してカンパーナ六花亭。
ここで定番のお菓子を買い求める。
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カフェコーナーでケーキとコーヒーといただく。
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道すがらのセイコーマートで北海道限定お菓子を数点買い求め、前日に購入しておいた旭川銘菓「き花」詰め合わせと同梱しヤマト運輸営業所に立ち寄り自宅へ発送。
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ランチには麓郷の有名な蕎麦屋に入る。
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「北の国から」でもたびたび登場した店で、外見は北海道開拓時代のままの北海道古民家である。
昼時ではあるが、観光はすでに閑散期に入っており、客人はない。
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いつもの習わしに沿って天ざる大盛をオーダー。
店主が奥から玉ねぎを持ち出して、カットしている。きっとてんぷらに仕上がるのであろう。


約20分後、ようやく運ばれてきた。
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麺は太く、本気の大盛である。
てんぷらは「2個」とメニューにあるが、その正体は「かき揚げ2個」だった。
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食べてみると、思いのほか太い。
道の駅信州新町のような食感を期待したが、香りはあまり強くはなく、つるりとしたのど越しはあまり感じられない。
添えられたつゆは、「かえし」というよりは「めんつゆ」で、甘みが足りない。 味が薄いので、添えられた薬味とわさびを最大限に投入し味の調整を試みるが、やはり「つゆ」の影が薄い。

ただ、コスパは抜群で、〆て1150円。

やはり信州新町の蕎麦屋のコスパと、うずら家の崇高さはライバルの追随を許さないということか。
北海道にはあと3日間滞在するので、いくつか蕎麦屋を試してみようと思う。

どこもかしこも休み休み休み
相変わらず小雪が続いているが、幸い路面の凍結はない。
食後、麓郷の北の国からロケ地を巡ろうと試みるも、丸太小屋も、石の家も23日で終了。再オープンは来春という。
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コロナはこんなところにも影を落としていた。

午後はカフェ巡りをしようと、車を北に向けて走らせた。

美馬牛のカフェゴーシュに行ってみる。
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が、コーヒー豆販売のみで喫茶はクローズしているとの由。

北瑛の奥のカフェメルルに行ってみたが、こちらもまた臨時休業だった。
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カフェ巡りは諦め、観光に切り替える。

代り映えしないが「マイルドセブンの丘」に行ってみる。
が、植わっていたポプラの木はことごとく伐採され、かつての風景を構成していた林が姿を消していた。
もはやここはマイルドセブンの丘ではなく、マイルドセブンの丘跡でしかない。
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いや、構造物や街並みの廃墟と違って、かつての面影さえもない林の跡など、もはや跡でもなんでもない。

インバウンドに浮かれ、昨年までは、観光公害が激しく議論されたのが嘘のような、実にむなしい冬枯れの美瑛の丘だった。
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やることもなく、中富良野のコテージに戻るしか術は残されていなかった。
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