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プロフィール

なかむら@みゆきの

Author:なかむら@みゆきの
高社山麓みゆきの杜ユースホステル
を営んでいます。
当サイトでは、地元民ならではのお勧めツーリングルート、温泉、B級グルメなどを宿主自らが実走調査を敢行!信州ドライブ&ツーリングにお役立てください。


【旅の記録】
北海道ツーリング2008
北海道ツーリング2009
北海道ツーリング2010
北海道ツーリング2011
北海道ツーリング2012
沖縄八重山紀行2008
沖縄八重山紀行2009
沖縄バイクツーリング2010
沖縄家族旅行2011
栂海新道縦走記2012
沖縄買出し旅2012
沖縄買出し旅2013夏
大阪帰省の鉄道旅2013
沖縄買出し旅2013冬
アメリカ横断2014春
北海道ツーリング2014
沖縄買出し旅2014
アメリカ横断2015
北海道乗り潰し2015冬
家族で沖縄2015冬
タスマニア周遊2016
Overland Track2016
北海道2016夏ドライブ
スペイン巡礼2016冬
タスマニア2017春
北海道2017夏
スペイン巡礼2017冬
瀬戸内旅2018春
日本南北縦断2018冬
瀬戸内旅2019春

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日独交流事業研修@飯田橋
ついにこの日がやってきた。2023 年 日独青少年指導者セミナー。

日本ユースホステル協会が主催する、長い伝統を持つ文科省受託事業のひとつでもある。
今回コロナ禍を経て4年ぶりの開催となった。

これまで、毎年春に開催通知をもらってはいたのだが、いわゆる民営ユースホステルからの参加は秋の繁忙期とあってなかなか難しいものがあり、ほぼスルーしていたのだが、今回は日本ユースホステル協会理事長寺島氏の直々のお誘いをいただき、家族とも相談の結果、2週間にわたるこのプログラムに参加することになった。
決めたのは5月初旬のことだった。

かくあるワタクシ、今から25年前の1998年に寺島氏がマネージャーを務める立科白樺高原ユースホステルで開業前の修行としてお世話になり、さらにその翌年には結婚前のかあちゃんもまた同じくでお世話になった。
実は我が家にとって寺島氏は宿の師匠でもあるのだ。

当時T氏は38歳、私は30歳。
そんな昔のようには感じないのだが、四半世紀も前のハナシである。


さて、この研修会。

狙いは、

日独文化協定の青少年計画に基づく日独青少年指導者交流事業(セミナー)は両国で相互研修を行い、青少年指導者の資質の向上と、両国間における青少年交流の発展を図ることを目的として、日本においては文部科学省、ドイツにおいては家庭・高齢者・女性・青少年省の指導、監督のもとに実施している事業


とある。


主 催= 一般財団法人 日本ユースホステル協会
協 力 =独立行政法人 国立青少年教育振興機構


であり、今回はユースホステル関係者と、青少年育成団体、あわせて6名の一団を組み、ドイツへと渡ることになっていた。
7月に事前研修が一度行われ、顔合わせは済んでいたので、フライト一日前に東京飯田橋のユースホステルに集合し、最終確認作業を行った。
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飯田橋駅直結のユースホステルは高層階19階にあり、眺望は抜群である。
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パスポートは持っているか
先方への土産の過不足はないか
持っていくべき日用品の不足はないか
フライトのチェックイン

などなど、細かい詰めを確認し、9月20日の今宵を迎えた。



夕食はユースホステル内の食堂でいただく。
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大規模施設ではあるが、外注はせず、全てユースホステルの職員とアルバイトで賄われている。
給食業者の失踪事件が記憶に新しいところではあるが、何でもかんでも外注をしていると、結局のところ高くつくばかりでリスクさえも伴うので、自営で完結させるのは安心感が高い。

ブッフェ式で供される品々は料理人の丁寧な仕事ぶりがうかがえる。
昨日母ちゃんと食べた関西系某餃子チェーンの大味な感じとは全く違っていて、宿屋的にみても好感が持てる。
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結局宿屋は気づけばそんな観察ばかりをしているが、もはや職業病といえるものであり、死ぬまで治ることはない。
でも良いのだ。

色々なことを見聞きし体験し、自分の肥やしにする。

今回のドイツ研修もそんな体験に満ちているに違いない。
実際、昨年はドイツ料理フェアと称してシュヴァイネハクセその他を夕食にふるまったこともある。
帰国後あらたにウチの定番メニューに加わるかもしれない。

旅行というと、往々にして極彩色にいろどられた「まっぷる」や「るるぶ」などの旅行ムックに見られる通り、美味しいものを食べるとか、物見遊山、バカンスなどと往々にして「消費」にばかり目が行きがちなのだが、旅の本来の効用はそうではない。
沢木耕太郎が自伝「深夜特急」で綴っているように、旅とはあくまで「体験」が礎なのである。

さあ行くか。

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ルフトハンザ航空715便
トシをとると朝は早い。
ことにコロナ禍に見舞われた2020年春頃は、日中にすべての作業が終了してしまい、夜8時台に就寝していたこともあるくらいで、いつしか早寝早起きの習慣が身についてしまった。

4時にはベッドで横になったまま、メールチェックに勤しんでいた。

集合は6時20分。
6時30分過ぎの総武線に乗って、山手線、浜松町から東京モノレールで羽田空港第三ターミナルに向かう。

羽田空港へのアクセスは京急やリムジンバスも利用できるのだが、ワタシとしてはモノレールでのアクセスが一番である。
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浜松町駅でモノレールに乗り換えるとき目に入る電照広告が、山手線で目にするモノとは違って異世界への扉を感じさせる。
大きなスーツケースを転がしている人はいったい何処に向かうのだろうなどとふと思ったりもする。

一段と高い高架の軌道からの視界は山手線や首都高速道路からの目線とは明らかに異なる。
 天空橋、整備場などと飛行機を連想させる駅名が続き、巨大倉庫や、運河に海辺が近いことを知る。

やがて大きな航空機が駐機場に見え隠れしながらいよいよ未知の世界への扉が近づく。やはり旅の始まりは東京モノレールに限る。
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第三ターミナルにはおおよそ45分で到着した。
もともと国際線専用ターミナルとして開業し、2016年の春にはタスマニアに渡るために、ここからシドニー行きに乗った。
江戸情緒を感じさせる小町通りや、その他外国人を意識した装飾がそこかしこに見られる。
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搭乗券を受け取り、手荷物を預ける。
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参加者6名プラス引率の日本ユースホステル協会職員さん1名。
団体旅行は余計なプレッシャーがなくて気楽なのがイイ。
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現地でキャッシュを使う機会は ほぼないと思われ、わずか5000円のみをユーロに両替した。
出てきたのは30ユーロと 釣り銭の日本円の硬貨 100 数十円。
日本円の安さを改めて実感する。
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ターミナル内は閑散期とあって 比較的人の流れは比較的少ない。
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搭乗するのはルフトハンザドイツ航空715便。
出発時刻は940で時間に余裕があったので 展望デッキへと上がってみた。
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コロナの最中は大型機がことごとく出番を失い、ことにB777形が空港から姿を消してしまった。多くの機材が海外へ売却されたり、まだまだ使えるものが航空機の墓場へとフェリー回送されたりしたことは記憶に新しいところ。

8時30分頃 保安検査場を通過、出国手続きを済ませルフトハンザドイツ航空715便が待機する145番ゲートへ向かう。

免税店から放たれる香水の強い香りは、異国への扉を告げる世界共通の演出だろう。

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エアバスA350はB787に対抗する最新機種でもある。
国内では最近JALが大量導入して話題になった機材だが、私はいまだ乗ったことはない。

ウクライナ侵攻により現在ヨーロッパ便はロシア上空を回避し、西回りのカザフスタン、トルコ経由またはアラスカ、グリーンランド経由を強いられているが、ルフトハンザはアラスカ経由である。
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フライトレーダの飛行記録を参照すると、アラスカ手前で暗くなり、グリーンランド通過後、南へ針路を取る頃に日の出を迎えるようだ。
13時間40分の長いフライト2019年のスペインカミーノに続く4年ぶりの海外渡航。大いに体験してくることにしよう。
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機内にて その1
機内はほぼ満席。私達一行に割り当てられた座席は最後列41番の横並び7席だった。
A350は3+3+3の配列で、ワタシの席はど真ん中。国内国際問わずいつも窓側を好んで選ぶ私だが、団体行動ゆえに仕方ない。
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10時間を超えるフライトでもトイレに立つことは一度あるかないかなので問題ないのだが、せめて夜明けのグリーンランド上空はギャレーの機窓越しに陸地を眺めてみたはいが。

垂直尾翼上部に仕込まれたカメラが機体全体を映している。
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カメラは三か所に設置され、非常に鮮明な画像で見ることができる。フライトコンパスもあらゆるモードが搭載され、グーグルマップを活用していると思われる精彩地図は拡大縮小は自由自在、1/20万程度の縮尺で世界中のあらゆる場所を見ることができる。
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パタゴニアの氷河ももちろん、我が家の近くの「ダム湖」の形や内山の扇状地地形ももくっきりと確認できた。
この地図のおかげで、飛行中映像エンタメにはほぼ手をつけなかった。


それにしてもこのエアバスA350、かつてない位の静粛性である。特にエンジン音がけたたましい離陸、そして着陸時の逆噴射時の静かさには驚かされた。

離陸してまもなくスナックと飲み物が配られる。
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3時間近く経ってからランチ。
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和食に焼き鳥丼、洋食に野菜のパスタまたはハンバーグ(バーガー)が選べるというので、迷った末に焼き鳥丼をチョイスすべく、カートの到着をココロ待ちにしたが、果たして焼き鳥丼は品切れ。
仕方なくバーガーを選ぶ。

濃いめのデミグラスソースが絡む厚手のマルシンハンバーグのような一品で味は悪くない。
付け合わせは揚げたポテトが柔らかくソースと同化。
パンは甘いベーグルのような味わいで、こちらはドイツで積み込まれたものかもしれない。
添えられたポーションバターはニュージーランド産。

副菜のマカロニサラダと鉄火巻は馴染み深いザ・ニッポンの味わいだった。

食後すぐにミネラルウォータが配られる。
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日本人CAは色香(?)を前面に押し出す日系キャリアと違い、気取った感じでないのが新鮮である。
離陸して3時間半後、カムチャツカ半島南東空域で北寄りに転針、アンカレジ方向に向けてさらに緯度をあげていった。
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機内にて その2
地球の自転方向とは逆の東向きに飛行するので、昼の時間が短い。
アラスカ上空に差し掛かる頃には、南方向の空が真っ赤な夕焼けに染まった。

ギャレーに立ち、小さな窓を覗き込むと、眼下に細長い入り江を伴い島が確認できる。
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あとで調べたところによるとその島の名はセントローレンス島。
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上空から見る分には秘境感たっぷりの最果ての島ではあるが、その島には冷戦の影にいまなお苦しむ人たちの事実があった。
墓地が去り、汚染が残った

9月とはいえ、極北ゆえに空が完全に暗くなることはなく、南水平線の縁が紅に染まったままだ。
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飛行距離6000キロ、7時間近く経過しようやく半分の行程を消化。
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ジャスト中間地点通過の瞬間を捉えるべく撮影を試みたが、その瞬間はわずか5秒位しかなく、モニターに距離が投影された時は2キロ過ぎたトコロだった。 
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総飛行時間13時間半のうちのわずか2秒のその瞬間をとらえるのは容易ではないが、2019年のマドリード線ではその瞬間をとらえていた。
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夜食にパウンドケーキか12_2023092210352002a.jpg
オニギリを選択。

北極海上空での数時間の夜間飛行ののち、南に転進、夜明けを迎えた。
グリーンランドの連なる雪山に一行が声を上げる。

右側
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左側
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着陸一時間前に慌ただしく「夕食」が配られる。焼そばの一択だった。
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特別美味しいワケでもないが、不味くもない。
所詮は給食センターからのケータリングゆえに、過剰な期待はイケナイ。同等品ならばコンビニの焼きそばのほうが旨いかもしれないが、日本人コックが調理するものならもう少しソース味を利かせてもイイかもしれないなどと思う宿屋のオヤジであった。

●機内食ネタについて考察した過去記事
●2020年のコロナ禍で巣ごもりしていた時に我が家でブームとなった機内食再現会の記事

ミュンヘン到着~ガルミッシュパルテンキンヘン
飛行機はほぼ定刻にミュンヘン国際空港に到着した。
手も持つ受け取り場へのアクセス通路が非常にシンプルなのに気づかされる。
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まるで開業したばかりの成田空港第三ターミナルの如しである。

入国審査で何人かのメンバーが帰りの航空券を見せよと求められ、少しの足止めをくらう。
何処へいくのか?目的は?などと聞かれ、私はすんなり通過することができたのだが、メンバーの何人かはすぐに通してもらえなかったようだ。
引率であるユースホステル協会職員さんがオンラインチケットをスマホから取り出そうとするもののWIFIがつながらずにあたふたしている。

今回に限らず、国外旅行に出かける場合、航空券その他の重要な証憑類は事前に必ず印刷しておくのが鉄則である。
スマホは電源が落ちてしまえばタダの箱でしかないのだ。


すったもんだはあったものの、晴れてドイツ入国を果たした一行。無事入国出迎え口には通訳の女性が待ち構えていた。
名前をLauraさんといって、筑波大で社会学を学ぶ院生なのだそうだ。
西部デュッセルドルフ出身なのだが、今回通訳の仕事を受け、ドイツに一時帰国してきたという。

笑顔の絶えない大変明るい人で、まずは一安心である。


クルマの待つ待機場へと向かうが、相変わらず電飾は地味である。欧米各国の国際空港のようなギラついた雰囲気はあまり感じられない。
少なくともきらびやかに装飾された羽田空港のような「ウェルカムTO我が国!」的電照広告や明るい照明ではない。
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ドイツは環境問題や最近取り沙汰されているSDGSの先進国であるが、そんなところにも国のポリシーが強く表れているようにみえる。

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クルマ待機場で迎えのワゴン車へ。
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が、手荷物の大きさと数をあまり考慮されなかった模様で、人間は収まるものの、10個近いスーツケースが収まりきらない。
トルコ出身の男性運転手はパズルの如くあれこれ積み替えなんとか収納スペースに押し込もうと頑張るものの、物理的に荷物の総容積が荷台スペースを完全に上回っている。

諦めていくつかの荷物を足元に置き、6人は胡坐をかくようにして後部座席に、私は運転席と助手席の間のシートに収まった。
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空港を出るとすぐにアウトバーンに出る。
アウトバーンというと速度制限なしの超高速道を思い浮かべるが、どこもかしこも速度無制限というワケではない。
至る所に無人速度取り締機が目を光らせていて、地元のドライバーはその場所をしっかりと覚えているそうだ。
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ミュンヘンは1972年のオリンピック開催地で、アウトバーン沿いには五輪メモリアルパークが広がる。

BMWの本社ビル
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ドイツといえばメルセデス、アウディ、BMW、フォルクスワーゲン、ポルシェなどが思い浮かぶが、ポルシェはもちろん別格で、メルセデスはやはり高級、その下がBMWとの序列だそうだ。
ちなみに通訳のラウラさんの家の車はトヨタらしい。

トヨタは故障しないことで日本人の間でも有名なんですよ

と太鼓判を押しておいた。

市街地を出るとクルマは速度を上げる。
箱型のハイエースのような形だが、さほどエンジンがうなりをあげることなく160kmを越えていく。
周囲の木々は少し色づき始めたものも見られ、日本とは少し季節が早いようにも感じる。
事前に調べた天気予報によると24日の朝にはガルミッシュパルテンキンヘンの最低気温が6度と報じられていた。
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やがてオーストリア国境のヨーロッパアルプスが車窓前方に姿を現す。
北アルプスの山並みとはまた違う、岩稜が日没後の残照に浮かび上がっている。
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麓の村々は広大な牧草地にこれまたヨーロッパアルプス様式の集落が点々と続く。4年前に訪れたスペインやルクセンブルクとは明らかに異なる様式の、アニメ「アルプスの少女ハイジ」に出てくるような家並みに目を奪われる。

クルマはやがて細い路地に入る。
目的地が近いらしい。

だが、事前に調べていたグーグルストリートビューの雰囲気とはかなり異なる。
ユースホステルのロゴを示した看板が立っているが、場所が違っているようだ。
ドイツには大型の教会直営ユースホステルが数多く存在し、ドライバーと通訳さんはどうやら目指す先を間違えたらしい。

気を取り直して、正しい目的地へ向かう。
わずか5分ほどの移動で果たして目指すところのMOUN10ユースホステルに到着した。
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ヨーロッパアルプスのドイツ側玄関口であるドイツ鉄道の駅横に建つ、山岳リゾート地帯の中心部でもある。

ホステルの建物は地区10年にも満たないのではと思われる非常に新しい作りで、53室192ベッドを擁する。
参加者にはそれぞれ個室があてがわれ、この日から3泊ここでお世話になる。
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広いラウンジ、バル、そして食堂が一つの空間に収まり、とてもオシャレなつくりである。
日本人的感覚だと、まったくユースホステルらしくない、カジュアルなリゾートホテルといってもイイ意匠と設備に感動させられた。
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旅装を解き、遅めの夕食をいただく。
バイエルン地方の典型的なワンプレート夕食だそうだ。
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スライスしたジャーマンポテト、ソーセージ、ミートローフにたっぷりのザワークラウト。
に地元のビール。

特に柔らかなミートローフは日本ではまずお目にかかれない一品。
初日の夕食としてはこれ以上のものはない、実に美味しい品に皆満足顔だった。
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時差ぼけはあるが、明日は7時から朝食、研修プログラムは11時からとのこと。
雨降りの天気予報なので、散歩ができるかどうか心配だが、とりあえず寝ることにする。
日本時間早朝4時、ドイツ時間8時。

オヤスミナサイ。

ガルミッシュパルテンキンヘンにて乗り鉄
時差ぼけにより早朝に持て余すほどの時間が与えらてしまう。

朝食は7時から可能というので、6時50分頃降りてみたところすでに食事可能とのことで早めに頂くことにする。
4年前、パリのホテルやルクセンブルクのユースホステルで体験した、ヨーロッパの定番朝食である。
ただし、ハム類の豊富さはさすがドイツである。
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散歩する予定だったが、あいにくの雨であきらめるほかなく、代わりに電車に乗って少し先の駅に行ってみることにした。

駅まではユースから徒歩わずか2分。いや、駅前といってもイイだろう。
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改札口はなく、券売機が据えられているのみである。
性善説によってあらゆることが行われる日本だが、電車だけは違う。
厳密な改札装置で収受漏れを防ぐシステムが確立しているのに対し、ヨーロッパの鉄道はなぜか日本的(?)性善説によって運営が行われる。
ただ乗りする輩も多いのではないかと心配する向きもあるが、抜き打ちの検札で引っかかるととてつもない罰金が科されるので、皆きちんときっぷを買うらしい。


いわゆる駅員はおらず、代わりにカフェやブックストアが駅舎内に入居していて、列車の待ち客はカフェコーナーで寛ぐスタイルがヨーロッパ流である。
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ちなみに駅売店のペットボトルのファンタは税込み2.8€。日本円換算すると450円。日本の自販機価格がおおよそ180円なので2.5倍の開きである。スニッカーズは1.6€だった。

ローカル列車はおおよそ20分に1本あり、各駅停車は少し間隔があいて1時間おき。
807発は機関車がけん引する客車列車である。

普通列車に客車列車とは贅沢だが、乗り心地もまた格別である。
4年前ルクセンブルクで乗車したものと全く同様で、かつての24系客車をさらに性能向上させたような快適性に思わず言葉を失う。
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海外に行くたびにやはり日本の鉄道は定時運行には全力を注ぐが、快適性は二の次といわざるを得ない。

2駅先のオーバラウで降りるつもりが、アナウンスを聞き落してしまい下車に失敗、もうひとつ先の駅まで乗る。
残念ながら駅前には何もない、超ローカル無人駅。まあこれも旅である。
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一つ先まで乗ってしまったので、まじめに一駅分の切符を買い足す。
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アルプス山麓らしい牧歌的風景が車窓に展開する。
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往復1時間半ほどの小さな旅だった。
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ドイツと日本の違いを目の当たりにした第一日
一団の時差ぼけに配慮し、初日は11時からのプログラムスタート。
最上階の会議室で行われた。
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周囲はスキー場で長野県で言うと志賀高原あたりの風景に似ている感じがする。
ジャンプ台があるのに妙な親近感を覚える。
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研修中に自由に飲めるソフトドリンクや果物なども置かれているが、とにかく陳列方法がオシャレである。
このセンスは、きっと普通の日本人には真似ができない。
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当ユースホステルは2018年に新築でOPEN.付近の再開発に伴い、MOUN10(マウンテン)プロジェクトの元、マンション、カフェ、宿泊施設などが複合的に付近に建設され、ユースホステルはその核となる施設の一つでもある。
よってバイエルン州直営施設ではあるものの賃貸による経営となっている。
築わずか5年、道理で何から何までお洒落な訳である。

まず、

1.バイエルン州ユースホステル協会会長・Klaus氏からの概略説明
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2.同協会部長のMarkus氏による同協会のユースホステル活動の詳細についての説明が行われた。
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いずれもプレゼンターの話すドイツ語を通訳者のLaura氏が日本語に変換して出席者へ説明がなされる。

休憩をはさんで2時間強のプレゼンが行われ、明らかになったのは日本のユースホステルとドイツのユースホステルの社会的地位や規模、利用者数の規模がまるで違うということである。
これは知識としては知ってはいたのだが、改めて直接関係者から話を聞くと、日本との格差に驚きを禁じ得ない。

●ドイツ全国のユースホステル数 400軒以上 会員240万、1000万泊

バイエルン州協会
●会員数25万5千人、ホステル数50軒(うち協会直営35軒、15軒は自治体その他公共団体) 
●職員数600~700、事務局員50人
●年間のべ宿泊者数103万泊、ベッド数7500床
●学校団体=40%、家族=23% 会議研修=16%

さらに、政府からの補助金が年間100万€と、これまた国からの補助金のない一般財団法人である日本ユースホステル協会とは全く異なっている。

会費については日本とあまり変わることがなく、

●家族会員 23€
●個人 27歳以上 23€
●27歳以下 13.5€
●団体会員 40€

驚くことに海外からの個人客利用はわずか6%にとどまっており、いかにドイツのユースホステルが学校や家族による「学習」を意識した利用が多いかがよくわかるというものでわる。


話を聞き進めていくうちにやはりドイツが環境教育の先進国であること、それに伴う学びを意識したユースホステルの運営が根付いていることにあらためて思い知らされる。

そうしたことを念頭に各施設は独自のプロファイリングを行い

●環境ユースホステル 
●カルチャーユースホステル
●アクティブユースホステル
●スポーツユースホステル
●健康ユースホステル

などと分類し、ターゲット層を明確にして集客につとめている。

また、運営に当たっては仕入れ先やプログラム提供先、さらには官庁レベルとのパートナーシップを強固に築き上げ、社会貢献を念頭に運営が行われている点もまた、90%が個人経営の民宿である日本のユースホステルとは隔世の感がある。

日本の場合、昭和60年頃まではどちらかといえば「規律正しさ」や一部のペアレントによる高圧的指導などが、あたかもユースホステル全て共通であるかのような誤解を与えてきたことは否めない。
特にドイツをはじめとする自由を重んずる欧米のスタイルとは全く異なる、日本然とした抑圧的ともいえる運営体制が利用者を遠ざけ、その後改善につとめるものの、それらの誤解が解けないまま徐々に衰退してきたという歴史もある。

残念ながら、過去の日本のユースホステルは「学び」よりも、日本社会の象徴でもある「規律」に偏りすぎてきたのかもしれない。

今回のドイツ訪問にあたって、様々な関連書を読み漁り、この旅においてもいつでも手に取って読むことのできるよう、スーツケースに詰めてきた。
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日本人のドイツにおける長年の実体験について語られたこれらの本を読むと、何故ドイツのユースホステルが社会的に受け入れられているのかがわかる気がするし、ユースホステルのみならず、あらゆる社会活動が衰退し、さらには若年層の自殺者が先進国中ダントツに多い理由がわかるような気がして、少し悲しい気もするが。

己を知るには外の世界を知らなくてならないとつくづく思う。 


テーマ2 チーズ作り
14時前に講義と質疑応答は終了し、お茶タイムとなる。
パウンドケーキとクリームのケーキをいただく。
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そのあとは、当ユースホステルが普段からプログラムとして青少年に提供しているチーズ作り体験となる。
近くの山麓で肥育用の仔牛を飼い育てている酪農家の女性が指導者となって、即席モッツァレラチーズを作る体験に取り組んだ。
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低温殺菌牛乳に専用酢、そして牛の第四胃の生胃液を用いる凝固法である。
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温めた牛乳に酢を混入、撹拌し20分ほど経過すると半固体となる。
それを軽くナイフで刻み、笊に移し水分を飛ばす。そしてしばらく置くと互いが重みでくっつきあい、一つの塊となってチーズが出来上がるという仕組みである。
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出来上がったチーズをカプレーゼにしていただいた。
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夕方からはこの日最後のプログラムである館内ツアー。
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マネージャーのKEVIN氏について回り、各部屋、ボイラー室、その他設備を見学して回る。
ちなみに暖房の熱源はバイオ燃料による温熱湯暖房なのだそうだ。
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ドイツ料理専門店にて
初日のプログラムを終え、19時からは歓迎夕食会で、街の中心部のバイエルン料理専門店に向かう。
ドイツアルプス山麓のきらびやかな街並み自然と心躍る。
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目指したのはGasthaus zur Schranne
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我々一行と通訳LAURA氏、バイエルン協会会長夫妻、MOUN10ホステルマネージャーKEVIN氏と食卓を囲んだ。
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ビールはバイエルン州発祥の「ヴァイツェン」をオーダー。
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ワタシもツルヤのダルグナーヴァイツェンが好きでよく飲むのだが、ドイツビールであることを思い出し、ドイツ協会会長さんに聞いてみたが、そんなブランドは聞いたことがないという。

ドイツには無数のブルワリーが存在し、一般人が知らない会社はゴマンと存在するのだろう。



前菜
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メインディッシュはシュバイネブラーテン。バイエルン州の伝統的ローストポークで、ビールを使ってじっくり煮込む料理だ。
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ウチもローストポークは定番だが、表面をカリっと焼いて、75度で3時間低温調理するスタイルなので、仕上がり味わいは全く異なる。
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どちらかといえば煮豚のチャーシューに近い感じでもあり、大変ボリュームのある美味しい肉料理だった。

あとで調べて分かったのだが、初日に頂いた柔らかなミートローフは、レバーケーゼと呼ばれるこれまたバイエルン州の郷土肉料理なのだそうだ。
出来ればあのレバーケーゼをもう一度食べたいと思う。
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食事の席では、隣の大阪YH協会K氏がアプリに入れて用意してきたという「ポケトーク」がバイエルン州協会長さん夫婦との会話に大活躍している。
グーグル翻訳よりもより自然な口調でアレンジしてくれるらしく、使い勝手は抜群なのだという。
週単位で購入できるらしく、今度もし非英語圏に行く機会があったら是非使ってみようと思う。
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帰りは雨のなか、元来た道を歩く。
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暗くはなってもショーウインドーの灯りはたえることがない。

それにしても腹いっぱい、アルコール一杯である。
この旅に備えて、事前に68キロ台に落としてきた体重だが、増量は間違いない。
日独交流セミナーは、いうなれば政府の支援で行われる個人外交。

何でも興味をもって美味しく腹いっぱいになるまで頂く。
目の前にあるすべてのことに好奇心をもつ。
積極的にコミュニケーションする。

増えた体重は10月11日から始まる9日間連続の信越トレイルスルーハイク120km歩行で落とせばいいのだ。

そんな前向きな姿勢であと12日間、有意義に過ごしたいと思う。


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第二日 ユースホステル ミッテンワルド~ガルミッシュパルテンキンヘンユースホステル見学
3日目は引き続きガルミッシュパルテンキンヘンに滞在。
早朝散歩に出かけるも、途中で雨が降ってきて、3kmにも満たない場所で引き返しを余儀なくされた。
せkっかくの山岳リゾート都市なのだが、なかなかその場所を実感することがない。

朝食は前日と同じく6:50に済ませ、9時まで部屋にこもる。
この日は前夜飲みすぎたせいもあって、あろうことか消灯せずに就寝、気づけば部屋の明るさと時差ぼけが作用し1:50に目が覚めてしまったのだった。
そこから5時間かけてひたすらブログの執筆に没頭していた。

9時前にユースホステルを出発。
この日はガルミッシュから車で30分ほどのミッテンワルドへ向かう。

ドイツで最も標高の高い駅横を過ぎ、牧草地帯が広がるユースホステルに到着
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館内の説明と見学に案内される
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屋外の古納屋に面白いものがあるというので、ついて行くと
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そこは子供用の室内ボルダリング場だった。
家族連れが遊んでいて、まるでこの見学のために仕込まれたサクラのようだったが、果たして真実は?
いや、この日は土曜日なので、実際のお客さんなのだろう(笑)
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その次はバター作り。
協会職員で自然体験活動プログラムファシリテータによる牧草地で野草の話を聞きながらハーブを摘む。
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それにしても寒い。気温はおそらく10度には満たず、目前の岩山の山頂付近は雪景色だ。

室内に戻り、バター作り。
生クリームを瓶に入れ、ひたすら強く振ることを繰り返し、脂肪分を分離させバターに
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草地で採取したハーブ類を細かく刻みミックス。
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それを昼食のパンにつけていただいた。

メインディッシュは、野菜のグヤーシュのたっぷ添えられたジャガイモのクネーデルを半分に切って焼いたものだった。
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周囲は牧草地が広がるアルプスの風景だが、平らに整地された場所もあれば、モーグルコースのように地表が凸凹した場所もそこかしこに見える。
訊くところによると氷河時代に凍結と融解を繰り返すうちに氷の膨張作用によって生み出されたものだという。
この地形はヨーロッパアルプス全域に広がっているらしいが、人々の生活するエリアでこの景観が残る場所はとても少なく、これを世界遺産に推薦しようという動きがあるとのことである。
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再び車で移動し、ユースホステルガルミッシュパルテンキンヘンユースホステルへ移動する。
うねうねと続くアルプスの山並みの牧草地。曇り空なるも絵にかいたような光景に目を奪われる。
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こちらは初日に初め誤って到着したところだ。私たちが泊っている場所からほんの5kmほどしか離れていない。
が。稼働率は抜群に高く、需要の多い山岳リゾート地ならではの地の利とうかがえる。
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ここは非常に慌ただしく、施設見学とかなり端折られたユースホステルの概略説明にとどまった。
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あまりに急ぎ足で、出発前のロビーで提供されたスナックタイムも最後まで珈琲を飲み切ることができなかった。
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限られた2週間の間にあれもこれもと欲張る気持ちもわかるが、あまりに慌ただしいのは考えモノである。
旅には何もしない時間、思いにふける時間もまた必要である。



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