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北信州木島平 夏も近づく2020 
旅と家族と日常を綴る宿主の徒然なる日記☆☆
沖縄の会本番!
沖縄の会本番を迎えました。
いつもの助っ人、みえさんが手伝いに来てくれました(^0^)

メニューは

ふーちゃんぷる
ミミガーのピーナッツあえ
ニンジンしりしり
もずくのてんぷら
いかのてんぷら
サータアンダギー
てびちそば
泡盛多数

その他お菓子

ニンジンをしりしりして。。。。。
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豚の顔で記念写真
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スゴイデショ?

でも沖縄では、豚は鳴き声以外すべて食べるとのこと。
この程度は日常茶飯事のことなのでしょう。

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てびちそば
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食後はビデオ上映会、そしてみえさんの三線演奏会。


今年も熱いうちなー時間が過ぎていきました。

楽しすぎます。
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また来年!


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東京~信州自走作戦 ②  ~沖縄原付旅2010完結編
運転中は常時電話での通話が可能なようにイヤホンマイクを装着し、自動着信するようにセットされていた。

そんな運転中、電話が鳴った。薫からである。

もしもーし!

はいよー!まだ埼玉ぁ~!!!

どう!!???

無理だ。寒すぎる。木島平まで耐えられん!


実は旅立ちの前から「もしダメだったら佐久までなら運転していけるよ」と言ってくれていた。
木島平から佐久までは113kmある。高速を飛ばしても1時間30分かかる距離である。

しかし、その言葉に甘えなくてはならない時を迎えてしまった。

すまん。佐久まで来てくれ。17時過ぎに着くはずや。

ちょうど英時は個人懇談期間中で給食後すぐに帰宅していた。春花は保育園であるからいつでも引き取りが可能である。

じゃあこどもたち連れて佐久までいくね。おぎのやでブラブラしとくわ。

大型ドライブインでもある「佐久のおぎのや」が合流場所である。高速のICを降りた正面なので方向音痴の薫にも容易に到達できる場所なのである。

佐久まで来てくれることが決まれば、気持ち的にはかなり楽である。しかしその時点でまだ埼玉県内、佐久までは100km近い距離が残されていた。

はじめは碓氷峠を越えようとしていたが、より交通量の少ない内山峠を越えることを決意、深谷から国道254に入り、藤岡、富岡、下仁田と進んだ。

日没までになんとか峠越えを終えてしまいたいとの一心で凍える手足を顧ずフルスロットルで前進、下仁田駅を過ぎる頃にはほとんど通行量もなくなり、ただひたすら前に向かって走るだけであった。

しかし、気温は0度近くに下がり、手足の冷えがしびれに変化し、体が硬直してきた。
平衡感覚にも影響が及びかねない。ついにカーブとトンネルの続く峠道にさしかかった。

時折大型トラックが追い越しにかかる。トンネルの中では何が何でも追い越されまいとアクセルを開けるが荷物満載の50ccマシンは悲鳴をあげるばかりである。

そんなときは仕方なく減速して路肩に寄せるが、暗がりの中を多くのトラックがギリギリのところをかすめる様に追い越していく。風に煽られ転倒でもしたら大事である。
間違いなく、これまでの単車生活で最大の恐怖時間であった。

内山峠を越えればあとは惰性で下っていけばよい。もしここが沖縄なら間違いなくYB-1は交通の流れをリードし、楽々先頭をキープできた。しかしここはすでに長野県。50ccマシンは必要以上に煽られる運命にある。
たとえ速度計の針が60kmを指していたとしても、である。

何台かの大型トラックに抜かれ、ようやく佐久市街地に到達、そしてやがて約束の場所「佐久のおぎのや」に到着した。

バイクを止め、震える硬直した体のまま建物内に入っていった。
階段を登るのも、便所で用を足すにも震えが止まらない。
見たことのないオヤジの姿に妻子ともに驚き、同情してくれた。

12月16日17:15.那覇港を出航して54時間15分。海路1715km、陸路198km、地球の表面合計1913kmを這い、ようやく到達した長野県佐久市であった。

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今回で3回目となった沖縄通い。
前回、前々回と八重山を回ってきたが、今回は本島のみであった。本島よりも八重山がより沖縄らしいというのが定説であるが、実はそれは違う。もちろん那覇市はリトル東京であり、沖縄らしさなど微塵もない。しかし基地と隣り合わせの南部、古きよき時代の琉球の雰囲気を残す北部やんばるの集落、そして八重山の離島にも負けずとも劣らない雰囲気を残す久高島の素朴な風景には心を打たれた。本島の奥深さを改めて知った次第である。

日本にこんな場所があることに改めて驚き感激した。今度は家族を連れて行こうと思う。



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信州までの自走作戦 ①
フェリーを降りたが、脱力感や旅の余韻に浸っている暇はない。

ここ有明から信州木島平までを自走していかなくてはならないのである。
しかし、都心を原付で走行した経験はない。しかも不覚にも道路地図を持ってきておらず、どこを走って良いのかがよくわからない。

とりあえず17号線に入ればOKだが、入り方が根本的に間違っていたことにあとになって気づくことになった。

有明は埋立地の「島」のような形状になっているが、そのことが頭になかった。はじめ間違って台場の方に向かってしまった。当然行き止まりである。30分をロス。

気を取り直してもと来た道を戻り、築地、銀座を通過。
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どこから17号線に入ったらいいのかよくわからないまま、とりあえずJR高崎線に沿って走れば良いと合点し、上野を通過。
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国道4号線をひたすら北上。しかし何処まで行っても17号線の表示は現れない。しかも渋滞している。
道が違うことに気づき草加市内でコンビニに避難した。すでに12時を過ぎている。

やはり道が違っていた。本来のルートに入るため、外環道に沿って西進、ようやく国道17号に入った。
しかしさいたま市内に入ってさらにノロノロ。すでに13時30分。

道の駅おかべ。すでに14時30分
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18時までに木島平に戻らなくてはならないのに14時の時点で、まだ埼玉県内である。
第一、冬型が強まっているおかげで手足が冷えて仕方がない。発熱素材下着にフリース、ダウンベストを重ねてその上に綿入りのアウターを着用し、厳寒仕様の完全防備を施しているが、沖縄との温度差に体が悲鳴をあげている。
向かう先の信州の寒さはココ埼玉の比ではないし、標高1000m近い峠越えが待っている。日も暮れ当然気温の下がり方も半端ではないだろう。

どう考えても18時に木島平に到達することなど絶対に不可能である。


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那覇から東京へ
志布志を出ると今航海最大の試練となった。

波浪はさらに激しさを増し、2年前の佐渡汽船と同等の4mを超える高波となった。全長162mの本船でも前後に大きく動揺を繰り返し、時折激しい波飛沫がデッキ上にたたきつける。プロムナードのガラスも潮で霞み、視界がわるくなった。
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もともと乗り物酔いの激しい小生であるが、48時間もの長い船旅を快適なものにしてくれる最大の功労者はやはり「アネロン・ニスキャップ」である。
乗り物酔いにはもっとも効果があるとされ、ネットでも非常に評価の高い薬品である。
志布志停泊中に12時間の効き目があるとされる「アネロン」の二錠目を服用していたので、この間の船体同様も全く問題にしなかったが、浮遊感は満点である。
夕食前後に一度動揺は収まったが、二日目20時頃、紀伊水道沖で再び動揺が激しくなり、最後の三錠目を服用、このブログの記事をひたすら執筆していたのである。やっぱりアネロン、恐るべし効き目である。


夜が明け、浦賀が近づく。
東京湾に入ると船舶の交通は「東京湾海上交通管制センター」通称東京マーチスに指揮下に入る。過去の大戦中に、敵の侵入をはばむため、東京湾内に要塞が築かれ、その周りには今でも浅瀬が残る。よって大型船舶の通行できる航路が限定的で、センターの指揮により、10ノットの制限速度をたもちながら大小問わず一列になって等間隔で航行するのである。それゆえ船ウォッチングには最高の場所である。
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青い南国の海から首都の近未来都市への「ワープ」を体感することこそ、この航路の醍醐味でもある。
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日の出前から身支度をととのえ、デッキへとあがった。そこにはまぎれもなく、大都会東京の今の姿が映し出されていた。


帰ってきたんだ。。。。。
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ヒコーキならわずか2時間半で現実に引き戻されるのだが、私は48時間かけて地を這いゆっくりと夢の国から大都会・東京へと帰ってきたのである。
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船内生活
東の空が白みかけると志布志入港である。定刻より10分早い到着だ。
昨日のこの時間は那覇市内だった。気温は20度をわずかに割るくらいであったが、さすがにココは本土。日本の冬の朝の寒さが身にしみた。確実に緯度を上げてきているのが体感できる。
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名瀬では30分あまりで出航したが、荷役に手間取り1時間20分も停泊、8時20分頃の船出となった。
これからは少し岸から離れたところを航行する。ずっと通話圏内だった携帯も使えなくなる時間帯が増える。つぶやき回数がぐっと減る。
それよりも何よりも船体の同様が激しさを増していった。
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常に白波が立ち、うねりも大きい。風も強いが、新日本海フェリーのように「デッキを閉鎖します」などのアナウンスは一切ない。飛沫もデッキ上にたたきつけられるが、幸い本船の甲板は木製なので滑りにくい構造であり、その気になればデッキに出ての「散策」も可能である。

本船は、もともと一昨年6月まで有村産業が名古屋~沖縄~台湾の航路に就役していた「飛龍21」である。国際航路に就航していたクルーズフェリーであり、豪華さを売りにしたコンセプトであった、しかし有村産業が倒産、航路休止に追い込まれ、その後も新たな引き受け事業者が現れないまま広島県内のどっくに係留されたままだったものを、たまたま昨年秋にこの航路に就航していた「ありあけ」が熊野灘沖で転覆座礁したのを契機にマルエーフェリーが用船(おそらく買船はしていない)し、東京~那覇航路を復活させた経緯がある。
それゆえ、船内のつくりは豪華で、二等の雑魚寝部屋が廃され、一等洋室が「二等」に、特等洋室が「二等寝台」に充当されている。

我輩の部屋は「二等」である。だが、幸いにも貸切となり、シャワー洗面、トイレつきの個室があてがわれた。寝台は4つあるが、つくりそのものはまるでビジネスホテルであり、そこが48時間の楽しい我が家となる。
レストランでは、事前の注文制で3食が提供される。
確認できた一般船客は4名、トラックドライバーが8名おり、合計12名のためにレストランがOPENとなる。もちろん全食事をレストランでとる人ばかりではなく、私の場合は出航後の昼、夜、翌日の朝、昼は買ってきたカップラーメンとパンでしのぐことになった。
最終日の夜だけは「最後の晩餐」として2食限定の630円の日替わり定食を注文していただくことになった。
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波、うねり高し!
那覇出航以降、なみ、うねりともに非常に高かった。見た感じでは3mほどであろうか。
横揺れはフィンスタビライザで抑えることが可能だが、前後のゆれはどうしようもない。時々波が船首に衝突する音が鳴り響く。
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しかし、そんなときは必殺酔い止め薬、アネロンである。

実はこの製品、どんな凄い動揺にも対抗しうる強力な酔い止め薬である。2年前の大荒れの佐渡、12月に家族で乗った日本海航路の時も、このアネロンのおかげで皆ケロリとしていた。

ゆれる船の中、今回の旅ではじめてのブルーシールアイスを味わった。
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奄美大島入港
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奄美を出てからは船のゆれが最高潮に達した。そろそろ薬の効き目も切れてくる頃なので、横になって眠ることにした。


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沖永良部島沖航行中

今朝10時40分に出航、現在沖永良部島沖航行中です。波高4メートル、うねりもサイコー。
でも必殺★アネロンのおかげで、元気一杯

★次週末(18日)は沖縄フェア!宿主自ら只今沖縄本島を買い出し旅行中!!一緒に盛り上がりましょう!


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意外と使える携帯電話
出航後、暫くは本島にごく近い場所を航行。恩納海岸、瀬底島、備瀬のすぐそばをかすめていく。
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瀬底島

左には伊江島、伊是名島、伊平屋島がすぐちかくに見える。
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伊江島

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伊是名島

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伊平屋島

携帯の電波は常時3本で、mixiのつぶやきを送信しまくる。

伊平屋島が遠ざかっても、与論島の電波を拾い、続いて沖永良部島とがつながる。結局夜の奄美名瀬入港までほとんど途切れることなく携帯が使えたことになる。


板張りの遊歩甲板が良い感じ
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ファンネル
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★12月18日(土)は沖縄フェア!ただ今宿主自ら沖縄本島を買い出し旅行を敢行中!!一緒に盛り上がりましょう!


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不可解道路標識
沖縄の道路標識は非常に不親切である。国道を走っている分にはさほど感じないが、ひとたび国道を外れて街中に入るとイケナイ。

何がいけないかというと、何処の行き先標識も3-4km先の「字」地名の表示に終始しているからである。

たとえば、うるま市の海中道路から沖縄市コザに向かいたいとする。本土の感覚であれば、県道を走行してさえ居れば常に「沖縄市 XXkm」の表示が続くはずである。

しかし行けども行けども

「住吉 2.8km」
「喜屋武 4km」

などと、すぐ近くの町名の表示ばかりが連続する。
本土の観光客に住吉や喜屋武までの距離を示されても全く役には立たないのだ。

逆に幹線国道ではひたすら
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海洋博公園(美ら海水族館) 26km
辺戸岬 45km

ばかりである。
国道58号線を走るほとんどの観光客が、水族館か最北端の岬を目指すものだと決め付けているかの如しである。

7年前、はじめて沖縄を訪れたとき、標識の不親切さを痛感したが、7年たった今もまったく改善されてはいなかった。
効率の良い沖縄ツーリングにはやはりナビが欠かせない。

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首里城とゆいレール、国際通り
石畳を散策した後、首里城へ。7年ぶりの訪問である。
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おもろまちでバイクを捨て、ゆいレールに乗車した

首里~那覇空港~おもろまちを経て全線走破。
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おもろまちでバイクに戻り、夕食を食べ、最後の目的地国際通りに。
ココナッツちんすこうを大量に買い求め、今日の宿KERAMAへ。
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明日はいよいよ東京に向けて出航である。

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プロフィール

なかむら@みゆきの

Author:なかむら@みゆきの
高社山麓みゆきの杜ユースホステル
を営んでいます。
当サイトでは、地元民ならではのお勧めツーリングルート、温泉、B級グルメなどを宿主自らが実走調査を敢行!信州ドライブ&ツーリングにお役立てください。




【旅の記録】
北海道ツーリング2008
北海道ツーリング2009
北海道ツーリング2010
北海道ツーリング2011
北海道ツーリング2012
沖縄八重山紀行2008
沖縄八重山紀行2009
沖縄バイクツーリング2010
沖縄家族旅行2011
栂海新道縦走記2012
沖縄買出し旅2012
沖縄買出し旅2013夏
大阪帰省の鉄道旅2013
沖縄買出し旅2013冬
アメリカ横断2014春
北海道ツーリング2014
沖縄買出し旅2014
アメリカ横断2015
北海道乗り潰し2015冬
家族で沖縄2015冬
タスマニア周遊2016
Overland Track2016
北海道2016夏ドライブ
スペイン巡礼2016冬
タスマニア2017春
北海道2017夏
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瀬戸内旅2018春
日本南北縦断2018冬
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