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かたの町並み探訪 |
実家滞在初日、午後から近くの街並み探訪に出かけることにした。
大阪といえば比較的人口が密集した、ごみごみした市街地を思い浮かべる方が多いと思う。
しかし一方市街地から外れると、そこは昔ながらの旧家がひしめき合う伝統的町並みがそこかしこに広がっているのだ。
ここは交野市星田1丁目から3丁目の一帯。 道幅は極めて狭く、まるで迷路のような路地が延々と続く。



ほとんどの道が一方通行。普通車以上は通行禁止である。
そんな町並みがこの地区には無数に広がっているのだ。

子供の頃はこの風景が当たり前だと思っていたが、今となってはその貴重さが実感できる。
4年ぶりの訪問だったがその姿は変わることがなかった。
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多奈川線の旅 |
大阪滞在2日目は、するっと関西フリーパスを使って、これまで行ったことのない路線、そして大昔に行ったきりで、ほとんど記憶に残っていない路線を重点的に回ることにした。
あらかじめネットオークションで、1日分を買い求めていたチケットを握りしめ、朝5時に家を出た。
京阪で淀屋橋まで行き、地下鉄御堂筋線、そして難波駅

南へ下るにつれ海が見え隠れする。
 実はこの景色を南海電車の車窓から見たのは全くの初めてである。
みさき公園で下車

多奈川線に乗り換え

わずか3駅のみの盲腸線である

終点の多奈川駅は、草むした線路の先に静かにたたずんでいた。





駅前ロータリーが整備されてはいるものの、実に閑散としている。

折り返しの列車は10分後に発車するが、それには乗らずに、隣の深日港駅まで歩いて行ってみることにした。
周囲の集落は、典型的な関西地区の旧家の連なりである。

隣の駅まではわずか300メートル。 駅前には、岬町役場。

コンクリート造りに亜熱帯植物。 まるで沖縄の役場庁舎のような佇まいである。
駅のすぐそば港になっており、かつてはここから四国への連絡船が頻繁に出港していたそうだ。

商人宿とおぼしき古い旅館も

行き交う自転車に乗った中学生は昔ながらのヘルメット。 でもここは大阪府。

しかしその賑わいも過去のものとなり、商店街のアーケードは、寂しさが漂っている。
 なぜか信州二八そば(^_^)

そして深日港駅

多奈川駅に増して渋い佇まいに背筋がゾクゾクする(^_^)






かつての四国連絡船乗り換え乗客用のものと思われる専用改札口跡

関西空港オープン以来、南海電鉄は車両塗装の変更や駅名標の意匠変更など、会社として近代化を推し進めてきたはずだが、ココ多奈川線においては全く当てはまらない。
南海電鉄、最高である(^_^)
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スルッとKANSAIはエリア外!? |
大満足の多奈川線の旅を終え、再び都心と向かった。 次の目的地は高野山である。さらに欲張ってひょっとしたら吉野にも行けるのではないかとあれこれ思案をしてみた。 スマホの乗り換え案内を使ってあれこれ探ってみると、新今宮から歩いて大阪の阿倍野まで行くと、ちょうど吉野行き特急に接続することが判明した。
吉野まで行って戻って河内長野、橋本と乗り継げば、高野山には3時前に到着できる。
私は迷うことなく新今宮で下車した。

この場所に降り立ったのは生まれて初めてである。 大阪市西成区。労働者の街とも言われ、通りのあちこちには日雇い労働者とおぼしき人々が所在なさそうに立っている。 店舗の入り口の窓には、「生活相談」なる張り紙もあちこちに見られる。
阿倍野には10分足らずで到着。大阪で今、最も注目を浴びているといっても過言ではない、「あべのハルカス」が真っ青な空に向かって伸びている。

その地下に近鉄南大阪線の乗り場はあった。 9時40分発特急吉野行き。私は窓口へ向かい迷わず特急券を買い求めた。

さくらライナーと呼ばれる新型の特急車両である。

シートは坐り心地がすこぶる良く、スマホ愛用者にはありがたいコンセントも完備されている。

運転席後ろには専用の展望室が設けられ、ベンチシートも備えられている。

吉野までの1時間半が楽しい旅になることは請け合いである。
今日一日の旅の予定を計画するにあたって、念のためスルッとKANSAIオフィシャルサイトで、利用可能エリアの確認をしてみた。
私は思わず目を疑った。
なんと、この切符では吉野まではいけないのである。近鉄大阪線は三重県内のかなりの範囲をカバーしているにもかかわらず、奈良の吉野はいけない。
なんてこった!?
本当ならすぐにでも飛び降り南海高野線に近い駅戻りたい気分だが、悲しいかなこれは特急。奈良県葛城市の尺土まで停車しない。
遅い紅葉に彩られた大阪の田舎の景色を十分に満喫する気分にもなれず、ただじっと尺土駅到着を待つのみであった。
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南海高野線の旅 |
尺土駅から迷うことなくUターン。 次に向かったのは河内長野。
 近鉄と南海が同居する接続駅
とにかく高野山を目指すのみである。
近鉄長野線など、大阪府民だったとは言え絶対に乗ることのない未知のエリア。 低い山並みが連なる一帯はそれはそれで興味深いものだ。 交野市とはまた違った印象のローカル風景である。
橋本から先さらに乗り換え。

ここからが本日のメインイベントだ。
海高野線は大阪都心から伸びる1本の路線ではあるが、橋本から先は全く別の線区と捉えるべきであろう。
橋本駅を出て紀ノ川を渡る時の標高は約90m、そこから標高538mの極楽橋駅まで一気に登っていく。
特に、途中の高野下~極楽橋までの10.3kmは、標高差が426mもあって、最大勾配50‰(パーミル)、平均しても40‰以上の長く厳しい勾配が続く。 曲線半径についても、100メートルから130メートルと言う急なカーブの連続である。
箱根登山鉄道の、箱根湯本駅から強羅駅までの距離8.9キロに対し、445メートルと言う標高差には及ばないものの、登山鉄道と呼ぶにふさわしい急峻な路線なのである。
そんな特殊な路線ゆえに専用の特別な車両が導入されている。
見た目はあまり変わらないが、全長が3メートル短い。急カーブ対応なのだ。

足元から先はどの駅を見ても、レトロ木造駅舎ばかりである。


高野下駅から先はいよいよ本格的山岳鉄道エリアとなる。




最高速度33キロ、カーブ半径100メートル、上り勾配はひたすら50 ‰。


駅舎もとにかくレトロ


ようやく辿り着いた極楽橋駅。


ケーブルカー乗り換え口の、広く天井の高い通路

プラットフォームは立派だが、駅前には何もない。
これは比喩表現でもなんでもなく、本当に何も無い。つまり駅舎以外の建物がないのである。 しかも車で乗り付けられる駅前ロータリーがあるわけでは無い。細いコンクリートの路地がほんの少し下に向かって続いているだけで本当に何もない。まさにケーブルカーに乗り換えるためだけに建設された乗り換えの駅なのである。
よって駅の外には券売機は無い。 出札窓口ももちろんない。

駅の入り口は狭い通路が1本あるのみ。この笠松式電燈は現役なのだろうか?気になる。

駅員は配置されているが、紛れもなく秘境駅。なんとも不思議な駅である。
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高野山そして北に向かって大移動 |
高野山ケーブルに乗る。もちろんフリーパスの有効エリア内である。

滅多に乗る機会もないので、一番前に陣どり、急な勾配の様子をじっくりと眺める線路の左側には勾配標識がつけられている。極楽橋駅出発時には280 ‰。

それがだんだん急になり
中間地点で下り線とすれ違う頃には390 ‰

高野山駅到着直前には550 ‰を少し超えたあたり。

なかなかエキサイティングなケーブルカーの旅(^_^)
たどり着いた高野山駅

ここで約1時間の待ち時間がある。 乗り鉄としては何もせずそのまま降っても良いのだが(^_^)、せっかく世界遺産のすぐ近くまで来たのだから、それはあまりにもったいない話だ。
発車間近の奥の院行きのバスに飛び乗った。

もちろんこのバスもフリーパスのエリア内である。青春18切符もすごい切符だと思うが、するっと関西フリーパスは青春18切符を上回るスーパーコストパフォーマンス(^_^)
金剛峯寺のすぐ近くのバス停で下車。
 さすがは標高1,000メートルを超えている木島平並みに寒い。
帰りのバスの時間も迫っているので、大急ぎで金剛峯寺の境内へと分入る。



普段は信仰心など微塵もない人間であっても、この場所へ来ると誰もがきっと凛とした気持ちになるに違いない。
遠い昔に思いを馳せ、しばし乗り鉄を忘れるひととき。(^_^)
慌ただしく下山のバスに乗り、再び高野山駅と舞い戻った。
下り線でも1番前に陣取らずにはいられない。

極楽橋からは、特急こうや号に乗る。


いちにちの運転本数が限られ、これに乗れるのは、とてもラッキーと言える。
車両そのものの姿かたちは決して優美とは言えないかもしれない。
しかしこれは特急料金が750円かかる特別な列車。


土曜日の午後だがやはり既に閑散期なのか。乗車率は30パーセントにも満たない。
高野下までの約10キロは、往きと同様、最高速度33キロ。短い車体の4両編成の特急が体をくねらせながら山を下る。降る。。。。

車窓からは時折集落。

信州で言うなら下栗の里の如しである。
橋本から先は別人の如く猛烈なスピードで快走する特急。
製造から30年近く経過している結構な老体のはずだが、乗り心地はすこぶる良く、静粛性もかなりレベルが高い。

少なくとも中央線の特急しなのより乗り心地はよく静かである。 関西の私鉄の物持ちの良さ、そして乗り心地向上に対するこだわりの強さは半端では無い。
1時間30分かけて、終着駅の難波。
 つい先程まで山奥にたたずんでいたあの車両が、難波という大都会の巨大ターミナルの中に収まっている。実に不思議だ。
余韻に浸っている暇などない。北に向かっての大移動は、まだまだ続く。
地下鉄御堂筋線に乗り

梅田で降りて、阪急梅田駅へ移動。

大阪一の巨大ターミナル梅田。

ここの最も端っこの、1号線から京都河原町行き特急に乗る。(ちなみに阪急電鉄では1番2番ではなく、 1号2号と呼ぶ。)
桂で下車し、嵐山線に乗り換える。 ここからはかつての特急車両6,300系。

ワタクシ的には阪急で1番かっこいい車両(^_^)
わずか4輌でのんびり走る様には、かつての特急の風格は残念ながらあまり感じられない。
終点の嵐山


時間は4時を少し回ったところ、あと1時間もすれば完全に暗くなってしまう。どうしても訪ねておきたかった場所へと急いだ。
日没前とは言え、流石は紅葉の嵐山。 さすがに人だかりが絶えることがない。
嵐山には、 10年前うちの宿主催でミステリーバスツアーを企画を実施したことがあり、その時以来である。
しかしその時と大きく違うのは、人力車の多さ。びっくりする位に多いのだ。

人混みと人力車をすり抜けるように早足で前歩を進める。
野宮神社の有名な竹林を通り抜け

向かった先は?
落柿舎

嵐山嵯峨野のなかで、最もお気に入りの場所だ。
ほんのわずかの間、軒下に佇み、雅な心に浸るひととき。

高野山から嵐山落柿舎の大移動、ここに完結。
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南海汐見橋線と阪堺電車 |
12月8日いよいよ出発の日。 朝8時に河内磐船、そこから片町線で京橋、大阪環状線で大正駅を目指す。
大正駅から千日前通りを西へ移動して南海汐見橋駅。



都心を走る路線だが、完全にローカル線と化している。 時間が止まったままの懐かしの風景が展開する。

色あせてボロボロに剥がれた観光案内板は一体どうしたものか。

東証1部上場企業が経営している路線のはずだが(^_^)

駅舎の表はコンクリート造りだが、それはあくまで外見だけの話である。 反対側の駅プラットホーム側はこの通りの木造。 なんとも背中がゾクゾクするではないか(^_^)



木製の格子戸がなんとも渋い、昔ながらのトイレの窓。

西天下茶屋駅で下車
 そこから東へ、細い路地や商店街をいくつも通り抜け約2キロ歩く。


たばこ屋を兼ねるおもちゃ屋(^_^)

昔懐かしい長屋群

再開発とは縁遠い一帯で、新しい高層マンションはほとんど見当たらない。

たどりついたのは阪堺電気軌道東天下茶屋駅。

そこから路面電車に乗って天王寺駅前まで乗車。

大阪市南の天王寺地区。もと大阪府民の私にとってなかなか足を踏み入れる機会のない場所であり、目に映るものみんなが珍しい。

ここから通天閣へ向かって歩いて移動した。

有名な新世界。

有名な通天閣。

しかしこの場所からこの頭眺めるのは生まれて初めての経験である。

やたらと串かつ屋が多いこの一帯は、酔っ払った人が道路の真ん中に寝込んでいたりもして、実にディープな大阪の光景が展開する。
これから向かう沖縄コザ地区のようにも見えなくもない。
通天閣の真ん前の新世界商店街を抜け

阪堺電気軌道恵比寿町にたどり着く。

ここから浜寺公園まで路面電車で移動する。南海電鉄に乗ればすぐに関西空港まで行けるのだが、なかなかこんな機会もないと思いあえてこのルート選択した。
2面ホームを備える恵比寿町駅はやはりレトロ。
乗務員詰所もこのとおりである。

釣り掛け式の旧型車両を待っていたがなかなかそれには巡り会えず、仕方がなく3回目にやってきた電車に乗る。それでも昭和32年製だ。
この電車は途中の我孫子道までである。そこから先は別の電車に乗り換え終点の浜寺駅前まで南下した。

浜寺駅前。

そこから150メートル先に南海電鉄浜寺公園駅が建っている。

かの有名な東京駅をデザインした建築家の設計である。
 この駅に限らず南海電鉄は特に高野線において木造の古い駅舎が数多く残されている。
しかし柱や梁のペンキが剥がれかかっているところが多く、少々気にはなる。 剥がれたさまをレトロと言えばそれまでなのだが。。。。。

 駅舎は立派だが普通列車しか止まらない。途中1回乗り換えて、ようやく空の玄関口関西空港へむかう。
関西空港橋は、まさに現実と夢の架け橋。まるでタイムマシーンの如しである。


昨日と今日の2日連続、南海電鉄の古びた昭和レトロな鉄道の旅を満喫してきた私にとっては、それはそれは大変なギャップであった。
さぁ、気持ちを切り替えていくか。

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成田から東京、そして長野へ |
成田空港で2時間ほど佇んだのち、東京都心へと移動する。 長野行きのバスは新宿から18時に出るのであまり急ぐ必要はない。
最も安くあがる成田空港交通バスで、東京駅八重洲口までの乗車券を900円買い求め、バス乗り場へ。

14:45に第二ターミナルを発車。多少の交通渋滞はあったものの、ほぼ定刻に東京駅八重洲。

この場所に立つのは10年ぶりのことであったが、その変貌振りにただただ驚く。
新宿までは中央線快速、そして高速バスターミナルへ移動。

新宿住友ビルに設けられたWILLER EXPRESS待合所。

昨年もこの場所から長野行きに乗車したのだが、丁寧な対応にとにかく驚いたものだ。
インフォメーションは空港チェックインカウンターのようなつくりで、「DEPARTURE AREA」と呼ばれる「搭乗口」もまた空港の如しである。
長野行きバス。

車両は7月まで自社運行していた長野のバス会社「アリーナ」の車両。 しかし、運転士の制服はWILLER社のものであり、乗務員の車内アナウンスも「ウィラーエクスプレス」を名乗っていた。
それにしても運転士の対応には驚くばかりだ。

途中途中でアリーナ運行管理センターと思しき場所へ運行状況についての詳細な電話連絡を入れるばかりではなく、外国人旅行者に配慮して、拙いながらも自らの口で英語でアナウンスも行っている。もちろんアリーナ社の業務業務規程によるものなのだろうが、従来のツアーバスの印象を覆すものである。
長野駅前には22時25分に到着。以前のツアーバスには度々見受けられた無理な回復運転はせず、安全第一での4時間30分。
長野駅からは飯山線最終。

定刻どおり23:32に飯山駅に到着し、かあちゃんが出迎え。

23:50、木島平の自宅に7日ぶりに戻ってきた。
気温マイナス1度。うっすら雪の積もる我が家に信州の真冬を感じるのであった。

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