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プロフィール

なかむら@みゆきの

Author:なかむら@みゆきの
高社山麓みゆきの杜ユースホステル
を営んでいます。
当サイトでは、地元民ならではのお勧めツーリングルート、温泉、B級グルメなどを宿主自らが実走調査を敢行!信州ドライブ&ツーリングにお役立てください。


【旅の記録】
北海道ツーリング2008
北海道ツーリング2009
北海道ツーリング2010
北海道ツーリング2011
北海道ツーリング2012
沖縄八重山紀行2008
沖縄八重山紀行2009
沖縄バイクツーリング2010
沖縄家族旅行2011
栂海新道縦走記2012
沖縄買出し旅2012
沖縄買出し旅2013夏
大阪帰省の鉄道旅2013
沖縄買出し旅2013冬
アメリカ横断2014春
北海道ツーリング2014
沖縄買出し旅2014
アメリカ横断2015
北海道乗り潰し2015冬
家族で沖縄2015冬
タスマニア周遊2016
Overland Track2016
北海道2016夏ドライブ
スペイン巡礼2016冬
タスマニア2017春
北海道2017夏
スペイン巡礼2017冬
瀬戸内旅2018春
日本南北縦断2018冬
瀬戸内旅2019春

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トラブル発生
トラブル発生

プエルトモントに2泊した後は、いよいよ1500km南のプエルトナタレスまで船で行く。
一般にはあまり知られていない航路だが、日本で云うならばRORO貨物船に人を便乗させる船と云ってもいいかもしれない。

南米フィヨルドを縫うように航行し、速度はわずか12ノット(時速20km)、日本国内の大型フェリーの半分程度の速度しか出ない。1500kmのそのほとんどが狭い航路を行くので速度を出す必要がないのである。

船内にはWIFIはなく、出航後数時間で携帯は通信圏外となってしまうため、出航前に出来ることはやっておかなくてはならない。
旅先とはいえメールチェック、予約管理は私の手に委ねられている。

バスターミナル内でそんな作業していたら、店の前に野犬が2頭やってきて寝そべりはじめた。
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プエルトモントはとにかく野犬の多い町である。しかもいかにも野犬然とした茶色い短毛の大型犬ばかりである。
しかし、どれもこれも人懐こく見え、決して吠えて向かってきたりはしない。
ただ、相手はやたらと大きいのでいざ近寄ってくるとちょっとひるんでしまう。
幼少時、周囲の大人たちから叩き込まれた「知らんぷりしておけば絶対に向かってこない」という知識がここプエルトモントで役に立った。

そして、プエルトナタレスでは1泊したあとすぐにトーレスパイネの山の中に入ってしまう。なので万が一に備えて、手持ちの現金を少し水増ししておかなくてはならない。
すでにサンチアゴで10万チリペソ(約17000円)をキャッシングにより両替したが、さらに10万ペソを手当てすべくATMに向かった。

ところが、である。
サンチアゴで操作した通り、スペイン語表示を日本語表記にスマホ翻訳変換しながら操作するも、何故かカードが弾かれてしまう。
もちろん限度額は超えていないし、昨夜は国立公園入場料をオンライン決済したばかりである。

買い物を試してみると、ある店では使えるが、ある店ではアウト。どうやら磁気情報がエラーとなっているようである。
タッチ決済でさえエラーとなるので、内部のカード異常なのかもしれない。

グーグルペイをはじめとするネット決済では問題なく機能しているので、カードの物理的異常だと思われた。


しかし海外旅行でクレジットカードが使えないのは、手足をもぎ取られるのと同様で、旅行続行不能を意味することになる。

カスタマーセンターに連絡して解決方法をチャットで知らせてもらおうと試みるも混雑していてなかなかつながらない。

しかしこのままではこの先の支払いが出来ずに大変な支障をきたしてしまう。
手元には日本円で4万円、ドル紙幣が100ドル分あって、それらを両替するという手もあるが、この先日本円を両替してくれる場所はほぼないに等しく円貨はココでは無力も同然である。

考えた末、財布の中にある楽天銀行のキャッシュカードをDEBITカードとして使う方法を思いついた。が、残高は十分ではないので普段入出金に使用している八十二銀行の資金を急遽楽天銀行に移し替えて対応することになった。

しかし今までこのカードをデビットカードとして使ったことはなく、果たして海外で期待通りに機能するのか試す必要があった。
近くの食品店でミネラルウォーターを購入してみたところ、無事機能することが分かった。
とりあえずは安心である。
もちろんICチップは外見もまったく無傷なので物理的に弾かれる心配はない。

一段落したところでフェリー乗り場にむかうことにした。


しかし、前日昼食を食べた漁港で店員に教わった通りの場所へ行ってみるも、どこがフェリー乗り場かよくわからない。
近くの港務事務所、土産店、3-4軒を訪ね歩くも皆いうことがバラバラで信用ならない。

港湾関係者でさえよく分かっていないとはどういうことなのか?大きな赤いフェリーがやってくれば誰しもがNAVIMAGと理解するはずなので、知らないはずはないのである。しかし。である。


いい加減らちが開かないので、バスターミナル近くに戻ってNAVIMAG事務所を訪ねてみた。
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するとスタッフは、いつだか乗り場が昨年以降変わって、ここから7km離れたChinquihueの街にその乗り場があるという。
名前を訊かれたので念のため紙に書いて渡す。「現地に連絡しておきます」とのことだった。

そもそも、ナビマグのウェブサイトには何処にも乗り場についての記述がなかったので、グーグルマップの航路起点をめがけてやって来たのが間違いの元であった。
それとも単なる見落としなのか。

親切かつ完璧極まりないニッポンの交通機関やサービスに慣れ切っていることがいかに恐ろしいことなのかを改めて実感した次第である。

ナビマグの事務所の前のバス停から、係員の言う通りの行き先「Chinquihue」行きのバスに無事乗る。
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そして係員がグーグルマップで示した場所を通り過ぎたさらに1.5km先まで進んだところで果たして赤いナビマグの姿を捉えた。
関係者でさえ本当に適当、いい加減なのである。(^^)


時間は「搭乗開始」とされる14時を10分ほど過ぎたところだった。


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ナビマグの旅1
乗船場所にはフェリーターミナルなどというものは存在せず、通用門の門番がいかめしく控えているのみであった。グーグル翻訳をかざし、あの船に乗るものだと伝えると、今荷役中なので、ヘルメット着用が必要だという。
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それとも荷役が終わるのを待って、歩いてアクセスするか、どちらかだともいう。
「兎に角私はあの船の乗船券を持っている。貴方の指示に従うので、とりあえずココで待っている」とグーグル翻訳で伝えると、門番はニコリとうなづいた。


やがて一台の乗用車がやってきて、乗れという。わずか150mほどの間、ランプウェイまで乗せて行ってくれた。
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そこから先は日本の長距離フェリーとほぼ同じ構造の階段を登って客室入口へたどり着く。
そこに待ってましたとばかりにスタッフが笑顔と握手で迎え入れてくれる。
日本の海運業界でいういわゆる事務部の女性スタッフと、そしてこの会社では「アンバサダー」と呼ばれる貫禄ある事務長だった。


部屋に案内されるとなんとそこは6人部屋の貸切であった。
ナビマグは同室の旅人と仲良くなれることがひとつの楽しみと聞いてていたので、ちょっと残念な気もするが、疲弊した心を休めるには良いかもしれない。
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昼食を用意していますからどうぞ、と食堂に案内される。
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この日の乗客は70人ほどとみえるが、そのほとんどがすでに食事を済ませていた。
皆迷わず市街地から7kmも離れた乗船場に早くに到着できたものだと感心する。
いや、日本人のワタシがイケないのかもしれない。いや。イケないのである。

出航は18時と訊いていたが、貨物の積み込みと乗客の乗船が完了したらしく、やがて離桟し、しばらく300mほど沖で待機。風がやや強く、周囲に船舶が多く停泊しているからなのか、2隻のタグが本船を押し続けている。
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オモテからトモまでの遊歩甲板のほぼ全域が乗客に開放されているのには驚いた。係船綱を巻き取るウインチ類はお客からは見えない階層に位置しており、先端から後端までの全ての部分にアクセス可能という訳である。
しかもブリッジ階層部分もお客が自由に歩き回れる。しかもブリッジの外部ドアは開いたままである。「どうぞお入りください」といった様相である。
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出航後間もなく、食堂でガイダンスがあるので集まれとのアナウンスが流れる。
スタッフが英語とスペイン語で乗船中の注意事項について事細かに説明する。
事務的な感じではなく、至ってフレンドリーな雰囲気を醸していてこれまた日本的ではない。
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さらに18時から、航海中の見どころについて詳細なガイドが行われる。
クジラが見つけやすい場所、トドが生息する場所、パタゴニアの雪山が美しい場所など、詳細なガイドが行われる。特に3日目は狭い海域を縫うように走り、最も狭い場所では航路が50mほどしかない場所もあるという。
なんせ3晩4日1500kmに及ぶ航海である。貨物船とはいえ乗客を楽しませるさまざまな工夫がなされているというワケである。

説明会後も、航路図のまえで乗客がスタッフからイロイロ話が聞けるようになっている。
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とにかくフレンドリーなのがイイ。


前方にはカフェも備えラウンジのようなスペースが設けられている。
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ここでテストを兼ねて、ダメもとで使えなくなったクレジットカードでの注文を試みた。が、ヤハリ結果は同じで、DEBITカードに変えて支払うことになった。

19時からは夕食となる。
毎日モニターにメニューの内容がこのように掲示される。
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航海中全て食事(9食乃至11食)がついている。「乃至」というのは、着岸が遅れた場合などは、下船まで食事が提供され続けるという意味である。特に南行きのプエルトナタレスは風がつよく、しばしば着岸が遅れることも多い。

サラダはブフェ式でセルフで盛り付ける。パンは好きなだけ取ってもいいようである。
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これで乗船料金は5万円チョイ。
意外とお得かもしれない、と乗船早々に感じた次第である。
NAVIMAGの旅 2
相変わらず時差ぼけは解消せず、夜中はほぼ覚醒状態が続いた。
早朝にダイニングスペースを覗くやけに賑やかな音楽が奏でられているがそこには誰もいない。

窓辺の席に座って外を眺める。大きなガラスは日本のフェリーのそれと比べると開口面積はとても大きい。どの程度のガラスが使われているのか見てみると、どうやら厚さ6cmのようである。
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5時半を回って少しずつ明るみだしたが残念ながらそこは雨。多少はフィヨルド的地形が確認できるが、遠くの景色が見えないので、瀬戸内海ですよと言われても違和感がない。
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朝食は8時と少し遅い。
チーズとハム、サラダ、甘いおかゆが如何にも南米的だ。
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グーグルマップを大型モニターに投影して現在地を示している一方、アナログ的マップには赤い→マグネットで現在地を表示している。
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原則的にはスタッフが時々動かすが、深夜帯など誰も触らない時間帯もあるので、時々私がGPSを見ながらコッソリ動かしていた。

食堂前方には、天気予報、この先のみどころ、その日に開催されるアクティビティ案内などが表示される。
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その日によって、ヨガ教室だったり、ラテンダンス教室だったりする。それらは客室区画前にある三角形の構造物の中の「ジム」で開催される。
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基本的にやることがないので、到着してからの予定を考えたり、本を読んだりして過ごす。
12月中旬には来年のイベントを発表する予定でもあるので、スマホに全ての週末日程をリストアップし、一つずつ予定を埋めていった。


ただしネット環境はないので、検索ごとは一切できない。
通信圏外となってからはやがて24時間が経過しようとしていた。


モニター表示によると、16時以降、OUTER OCEANに出るので大波が予想されるとのこと。
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いよいよアネロンの出番と早めに服用し気を引き締める。
昼食は12時。8時に朝をすませたばかりなのであまり腹は空かない。


午後は次第に島が近くなってきた狭水道の風景を6階のカフェテリアスペースで楽しむ。
ドーナツと珈琲を注文し、DEBITカードで買い求める。無事使えることが確認出来てほっとする。
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両側が島に挟まれているが、もちろん、どれも無人島である。
だが、時々電が灯る建物が目に入る。双眼鏡で眺めてみると明らかに人口の複数階層の建物で、屋上には白いドームのアンテナが建っている。
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気になったのでインフォメーションの女性スタッフに訪ねるとサーモンの養殖場だという。
日本でもお馴染みのアトランティックサーモンだ。
夏場養殖場に居住し、魚の世話をするという。僻遠の地でこんなカタチで養殖が行われているのだ。
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運動しないので腹が減ることはないが、12時に昼食が提供される。

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時折船内放送で「狭水道に入ります」とアナウンスが流れ、そのたびに外へ出てみる。
ダウンを着込み、上下レインジャケットを着用し、防水手袋は必須である。

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人気(ひとけ)も「船気」も全く感じない隔絶されたパタゴニアフィヨルドの奥のまた奥の狭水道だが、まれに船舶の往来があり、ほっとする瞬間でもある。
僚船と反航するときには互いに長声を吹鳴させ、互いの安航を祈る。UW旗は確認できなかったが。
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その後眠くなったので昼寝をする。
うとうとしながらも船の動揺が次第に激しくなってきたことを体感する。
気づくと時計の針は19時半を回っていた。慌ててダイニングに行くと、すでに多くの乗客が夕食を済ませていて、私はほぼ最後だった。

横揺れの激しい中、あえて窓側に着席、手でしっかり皿を押さえながら急いでかきこむ。
アネロンのおかげで揺れを楽しむ余裕があったのが幸いした。
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案内板は本船が外洋をいくさまを表示している。
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この旅はとにかくハプニング続きだ。
相変わらず風も雨も強い。そんな天気を目の前にすると、ふと、最終日のプエルトナタレスからサンチアゴへのフライトがキャンセルになってしまったらどうしようかと不安がよぎる。キャンセルになってしまえばその先3回の乗り継ぎで日本へ向かう飛行機にもに乗れない。


予約したときはそんなこと微塵も思わなかったのが、ココにきて急に心配事が増えてきた。
ある程度パタゴニアを満喫したら、早めにサンティアゴに移動して日本行きのフライトを待つほうがいいのではと。

サンティアゴまでの飛行機は代は20,000円弱で買ったが、もしキャンセルになってしまえばそのあとの代替フライトチケットがとてつもなく高額になってしまう。なので20,000円ごときは早々と放棄して、サンティアゴへ移動へ移動すべきかもしれない。
2019年のパリストライキでの悪夢再来。そんなことばかりが頭の中をグルグル駆け回る。


なんせ地球の裏側からの日本への帰還である。直行便で簡単にイケてしまうヨーロッパとは話が違うのだということが此処へ来て分かってきた。
何事も慎重にすすめなくてはならない。

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