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プロフィール

なかむら@みゆきの

Author:なかむら@みゆきの
高社山麓みゆきの杜ユースホステル
を営んでいます。
当サイトでは、地元民ならではのお勧めツーリングルート、温泉、B級グルメなどを宿主自らが実走調査を敢行!信州ドライブ&ツーリングにお役立てください。


【旅の記録】
北海道ツーリング2008
北海道ツーリング2009
北海道ツーリング2010
北海道ツーリング2011
北海道ツーリング2012
沖縄八重山紀行2008
沖縄八重山紀行2009
沖縄バイクツーリング2010
沖縄家族旅行2011
栂海新道縦走記2012
沖縄買出し旅2012
沖縄買出し旅2013夏
大阪帰省の鉄道旅2013
沖縄買出し旅2013冬
アメリカ横断2014春
北海道ツーリング2014
沖縄買出し旅2014
アメリカ横断2015
北海道乗り潰し2015冬
家族で沖縄2015冬
タスマニア周遊2016
Overland Track2016
北海道2016夏ドライブ
スペイン巡礼2016冬
タスマニア2017春
北海道2017夏
スペイン巡礼2017冬
瀬戸内旅2018春
日本南北縦断2018冬
瀬戸内旅2019春

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The way to Santiago De Compostella DAY
いよいよ巡礼開始。
時差ボケにより夜中一時に目が覚め、そのまま朝を迎えた。

七時に朝食をとり、八時に出発する。
天気予報によると、ブルゴスは雪。しかも吹雪ときた。
出発時点ではまだ雪は舞っていなかったが、気温は一度と冷え込んでいた。

標高900mのメセタの高地は思いのほか寒い。

薄暗い中出発する。 


ライトアップされた旧市街を抜け、巡礼路に入る。

が、果たして雪が舞い始めた。


三十分も歩くと、やがて雪は本降りとなる。


初めは集団で歩いていたが、やがてバラケはじめる。


この時期の積雪は珍しいらしく、ハイウェイを走るトラックは断続的な徐行を強いられている。
時折救急車やパトカーが行き来しているのを見ると、やはり尋常ではないことを思い知らされた。

10キロを2時間40分で歩いた先にタルダホスの村。

小休止にバルに入る。バラケていた一団が一堂に集まった。


早めのランチをとり、後半に備える。


趣きのある寒村に目を奪われつつ、先を急ぐ。





ラベカルサダスの村




そこを過ぎると、巡礼路の最大の見所の一つ「メセタ」の大地の核心部へ差し掛かる。


幸い天気は劇的に回復し、視界が開ける。




昨年同様、BGMをアクアマリンの「遠い世界」にセットする。
私の中では、この光景にこれ以上相応しい音楽はきっとこの世には存在しない。















最後の峠を越えると、はるか彼方にこの日の投宿地、オルニージョスデルカミーノの村が姿を現した。



凍てつく坂を慎重に下り、村に差し掛かる。
積雪は落ち着いたが、凍結路面に気を遣う。









ひとけのない、静寂のむら。



限界を超えた限界集落の様相に心打たれる。


遠い昔のまま時間が止まった秘境に巡礼者は何を思うのか。


旅をしている喜びを感じずにはいられない。

この日の宿は教会の運営する公営アルベルゲ。


ゆっくり休むことにしよう。









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オルニージョスの夜
オルニージョスの夜は寒い。
家の明かりは消えたままの集落には全くひとけがない。
町並みは健在なるも、定住人がほとんどない、巡礼中継地としての役割のみを担う村と察せられる。


しかし、巡礼者を飢え死にさせる訳にはいかないので、食事を提供する仕組みが必ず存在する。

昨年訪れた時は、通りの端のコリアンレストランに入った。
アルベルゲの管理人にそこでの食事の可否を尋ねると、やっているという。
但し、昨年居たコリアンはブルゴスに行ってしまい、今はアイルランド人が経営しているらしい。

夕食を是非そこでと申し出ると、後で店主がやってくるとの由。

極めて閉ざさるた村ゆえに、アルベルゲとレストランが緊密な関係を保っているのだろう。

約束の7時にレストランに向かうと、そこは電気の消えた、ロウソクの明かりのみの少し変わった場所であった。


巡礼者メニューとして、

1 パンプキンスープ または 
ブルーチーズとストロベリーのサラダ
2 ハンバーガー または
ベジタブルカレー または
トマトパスタ
3 デザート

の中から選ぶことが出来る。

この日は隣むらに住むというミュージシャンが弾き語り演奏を披露してくれた。

素晴らしい演奏だったがいかんせん寒すぎた。


アットホームなアルベルゲだが、やはり寒さは半端ではない。

夜はダウンジャケットを重ね着し、靴下にカイロを貼り、「象の足」を装着し眠りについた。

時差ボケがほんの少し解消したのか、前日は夜中一時に覚醒したが、この日は3時半まで目を覚ますことがなかった。

足裏カイロの力は絶大だ。





巡礼2日目 オルニージョスからカストロへリス
前日同様、7時に朝食を取り、八時に出発した。





天候は小雪。手先が冷えこごえる。
はじめの9キロはメセタの高地を行く。




まるで美瑛か富良野の丘のような丘陵地帯を延々進む。

とはいえ、ヨーロッパの田舎は何処へ行ってもこんな光景が当たり前なのである。

サンボルの集落。公営アルベルゲが一軒あるのみ。






やがて晴れ間がのぞく





2時間半歩くとオンタナスの村






公営アルベルゲがバルを兼ねていて、早めのランチにする。


片言の日本語を口にする店主がめっぽう面白く、腹話術を披露してくれた。

この村の名物おじさんに違いない。

約1時間滞在し、後半戦。


依然小雪の降る中、長い隊列で西を目指す。

先頭はHさん、二番手Uさん、三番手集団から遠く離れて最後尾はSさん。

やがて車道に合流、とはいえ殆どクルマは通らない。


6キロ地点の修道院跡を通過




ようやく目指すカストロヘリスの村が見えてきた。




中世の雰囲気が色濃く残る、いにしえの町並みに心躍る。





教会


石造りの家並み








今回投宿する村々の中では、間違いなく最も歴史的景観に満ちた場所である。

そんな村の中程に建つアルベルゲ。


明るい雰囲気の広々した空間に心休まる昼下がりを過ごした。







カストロヘリスの村にて
アルベルゲの若い管理人はめっぽう親切だった。殆ど英語は出来ないが、グーグル翻訳を駆使して、あらん限りの情報を提供しようと努力してくれた。

その日の夜は紹介されたバルで食事を楽しむことにした。



所謂巡礼者定食である「menu de peregrino」で、飲み物(ワインまたは水)、前菜、主菜、デザートがついて10ユーロ。

豆のスープ


豚肉を赤ワインで煮込んだ巡礼者定食ではお馴染みのスペイン料理。



前菜とメイン。

飲み物はワインか水と云うのが定番である。
スペインではワインはお茶同様なのである。

メセタの寒村は何処も人の温かさで満ちていた。
巡礼3日目 カストロヘリスからイテロデラベガ

そして巡礼3日目。

いつもの通り7時起床、8時出発とする。


古い町並みを抜けて


ほどなくして大平原へ 差し掛かると、真っ赤に染まる東の空から日が昇り始める。


中世の要塞都市然としたカストロヘリスの村が、赤く照らされた。

正面に屏風のごとくそびえ立つ台地を登る。



おそらく、この日のカストロヘリスからフロミスタ迄の25キロは、この巡礼企画の総距離180キロ中、最大の見せ場であることに間違いない。



 





台地を登りきると、真っ平らの道。


そんな道も長くは続かず、今度は目指す西側の原野が眼下に姿を現す。


アメリカ中西部を彷彿とさせるスケール感に感嘆の声が聞こえる。


アリゾナスカイの如しである。


そんな大平原をやり過ごすと、やがて森が現れる。


ブルゴス以降、全くと言ってイイほど木々の群れを目にすることが無かったのは、メセタの乾燥高地であるがゆえのものなのだろう。

ブルゴス県からパレンシア県へ越境し、にわかに水の「におい」がしてきた。


11キロ歩き、イテロデラベガの村でランチとする。
この日の投宿地、ボアディージャデルカミーノまであと8キロだ。







巡礼3日目 予想外の出来事
イテロデラベガで腹を満たし、さらに西へ進路をとる。

パレンシア県に入り、家屋のデザインが少し変わった。




ほどなくして再び穀倉地帯に差し掛かる。


3キロ程進み、峠を一つ越えるとはるか彼方にボアディージャデルカミーノの村が視界に入る。






ようやくたどり着いた村。


公営アルベルゲに向かうが、なんとクローズ。
昨年は開いていたのだが、何かあったのか?
民営アルベルゲがオフシーズンに閉めることは日常茶飯事だが、まさか公営アルベルゲが休業するとは予想外である。

諦めて、昨年立ち寄ったカフェ兼アルベルゲに向かう。
しかし、そこは定員が6人と云う。

ごろ寝でもいいから11人泊まれないかと、グーグル翻訳を介して訴えるが、店主は頑として受け付けない。

泊まるならフロミスタへ行けと。

フロミスタはさらに5.7キロ西である。
時刻はすでに2時40分。ココをゴールのつもりで歩いてきたので、先を目指す気力も削がれてしまっている。

しかし、我々に選択の余地はなく、再度気持ちを奮い立たせて、先を目指すしかない。

顔がひきつる面々。


運河沿いを歩き






フロミスタ市街地


ブルゴス以来の街場である

フロミスタには定員が50人以上の公営アルベルゲがある。

しかし!



まさかのクローズ。
公営なのに。
国鉄の駅もある町なのに。

コレには動揺を隠せず、一瞬迷う。

公営アルベルゲが閉まっているのに、民営がやっているはずも無い。
ココに泊まることを諦め、1822発の国鉄列車でレオンまで移動すれば宿はある。
切符は明日の日付だか、きっと車掌は許してくれるに違いない。

アレコレ考え街をさ迷ううちに、一軒のレストラン兼ホテルを見つけ、入ってみた。


グーグル翻訳を介してきいてみる。

泊まる予定のアルベルゲが閉まっていて困っています。
此方には11人で夕食付きで泊まれますか?

中略

交渉の結果、ひとり32ユーロで泊まれることになった。
温かい部屋と夕食とベッドが約束されたのである。

終わりよければすべてよし、である。


フロミスタの街にて
期せずして飛び込んたホテルは、Hostal El Apostolと云う。
建築後間もない新しいホテル兼バルだ。

急な来客にも満面の笑顔で対応してくれ、特におかみさんの親切ぶりにはいたく感動した。
家族経営の店で、日曜日のこの日は、小学生3~4年生と思しき女の子が母親を追いかけるように寄り添い、その度にたしなめられているようであった。

その姿は、まるでカフェタイムにケーキを食べたいと談話室に現れおねだりするはるかとかぶるものがある。

個人商店で繰り広げられる家族模様は世界共通なのだ。

夕食は七時半から。
例により、巡礼者定食をいくつかのリストの中から選択する。

親切なおかみさんはグーグル翻訳の扱い慣れており、難解なスペイン語メニューの理解にもさほど困難はない。

朝食もまた、2.5ユーロで甘いものだけではなく、塩気のあるハムサンドやオムレツなどから選ぶことが可能であった。

予想外の滞在が、何とも心に残る極上の時間となった。

スペイン語で「また来るよ」とさよならを言うと、おかみさんのいつもの笑顔がはじけた。

いつの日かまた泊まりに来ようと思う。

フロミスタから汽車旅
休養日とはいえ、この日は列車での大移動が待ち受ける。
午前中は自由時間で、各自フリー。
暫く荷物はホテルで預かってもらった。

ロバを連れた巡礼者


食料品店に立ち寄ったり、町並みのそぞろ歩きを楽しんだり。






スペインの田舎は何処へ行っても日本人にとって別世界の観光地そのものである。



が、そんな中、参加メンバーのひとりが転んで負傷した。
診療所がすぐ近くにあったのが幸いして、直ぐに駆け込む。

スマホのグーグル翻訳を介して、投薬にあたってのアレルギー、持病、手術歴などの問診に答える。

土地柄、巡礼者の急患には慣れており、急患用の治療費説明書を見せられ、診察、処方箋、投薬、合わせて80ユーロの支出で済んだ。

勿論、スペイン語解読ツールはグーグル翻訳だった。

アメリカなら20万円は下らないのだが。。。。

それにしてもグーグル恐るべし、である。

一件落着し、1209発の列車に乗るため、駅に移動。


一日二本しかない列車。パレンシアまで約30分の乗車。


パレンシアでは約50分待ちなので、駅近くのバスターミナル内のバルでランチとする。





この2つと珈琲で4ユーロ。


パレンシアからはコレ。

電気機関車牽引のインターシティ

252型機関車がわずか3両の客車を従える。
しかもそのうち一両は軽食堂車であり、日本にはない、古き良き時代の長距離列車に相応しい体裁を保つ。


日本で例えるなら、EF510が14系客車を3両だけ引いて走る特急列車なのである。

乗り心地はすこぶる良く、重幹線を走る24系客車同様である。
機関車からサービス電源を受けるため、床下発電機も存在しないので、静粛性も抜群。

スペインに限らず、欧州の長距離旅客列車は日本よりも乗り心地に優れるものが多いのである。



スペインの大地を時速160キロで走る。


終端式のレオンで機回しをして方向転換。

発券システムから、座席移動させられる。


せっかくなので、ボカディージョのセットを注文。


さらに、U氏がフロミスタで仕入れてきたというケーキを頂く。


スペインの中央本線のような山岳地帯を縫うように走り、3時間乗ってモンフォルテで乗り換え。




ルーゴ行Alviaに約30分乗ればそこは巡礼路最後の115キロの出発地、サリアに辿り着く。





巡礼4日目 サリアからポルトマリン
いよいよサンチアゴデコンポステラへ向けての114キロが始まった。

いつもの通り、8時宿を出て巡礼路を目指す。


サリアは巡礼の街であり、実際の40000人と云う人口よりも賑わいを感じる場所だ。

夜明け前の巡礼街を行く




高台からは街を見下ろす。


そんな市街地も長くは続かず、やがて長閑な農村部へと差し掛かる。




8キロ地点でカフェに入り小休止。


ガリシア地方特有の伝統民家集落を伝いながら巡礼路は続く。




14キロ地点のバルでランチ。


先行組はすでに食事を済ませ、最後尾を行く四人組が到着するや行ってしまった。

一昨日までのメセタの高地とは全く違い、絵になるヨーロッパの田舎風景が次々に現れるので、写真好きにはたまらない。










ランチタイム後、サンチアゴデコンポステラまで残り100キロ地点を示す道標を通過した。




出発から21キロを過ぎ、ようやくこの日の目的地、ポルトマリンが視界に入る


国道に合流し、橋を渡る。
ダムに沈んだポルトマリン旧市街の遺構がいまだ残っている。


階段をあがり、街の中心部。


教会を過ぎると、目指すガリシア州立アルベルゲにたどり着いた。


歩行距離は25キロを少し越えたところだった。



巡礼5日目~ポルトマリンからパラスデレイ
ブルゴスに始まった巡礼の旅も5日目を迎えた。
累積歩行距離はこの日100キロを越える予定である。



暗がりの山道を暫く歩くと、やがて車道にでる。


昨日よりは雲が多いが、午前中は青空が覗いた。






朝の斜光線が眩しい。





午前中はひたすら緩い登りが続く。
2時間歩いてたどり着いた最初の集落、ゴンザール




そこからさらに15分歩くと、昨年利用したバルにたどり着いた。


この日は徹底的にスタンプを稼ぐ。


次第に勾配がきつくなる。


さらに高度を上げるとやがて広大な芝生エリアに差し掛かる。



北に連なる山脈は雪をかぶり、手前の丘陵地帯が幾重にも重なり広がる。




ヨーロッパの田舎風景に心和む。

12時頃バルでランチ。
先行組はすでに食事中だった。


標高差は400mとラスト114キロの中では最も難所である。

最後尾を行く我々一行も小休止の頻度が増した。




リゴンデの村


16時頃、21キロ付近で最後のバルに立ち寄る。

先頭集団以下、全員が我々の到着を待ってくれていたのだった。
先頭が到着したのは14時30分頃だったらしい。

残りは3キロ。
休憩後、初めは集団で歩く。


しかし、やはりというか。

先頭集団はあっという間に視界から消え去ってしまった。


でもコレでいいのだ。

パラスデレイの街


アルベルゲでの受け付け風景


歩行距離は25キロを少し越えたところだった。










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